宣言
境内のベンチに座りながら、俺はもう一度高崎さんが書いてくれたノートを見直す。
『駅前にある公園、ここがあすみたちがデートの待ち合わせに使った場所なんだって思うとつい口元が緩んじゃう。まるでりそヒロの世界の中にいるみたいで……すごいね、すごいよ』
そこには彼女が心から楽しんでいる様子が書き綴られていて、ちょっとほっとする。
ふと顔を上げると、何だか落ち着かない様子の高崎さんと目が合った。
さっきからやたらと彼女の視線を感じてはいた。
目の前でノートを確認してれば、気になるのも仕方ないのかもしれないけど、どこかソワソワしているように見えるのは気のせいだろうか……?
「ごめん。ちょっと待っててね」
「……あっ……その…………うぅ」
安心させようと声をかけると、高崎さんは少し戸惑ったように俯いてしまう。
変な所で緊張させてしまったかもしれない。
あまり彼女を待たせる訳にもいかないので、ノートに書かれた先を確認してしまおうと、俺は手元へと視線を戻す。
聖地巡礼箇所はどこもテンションが高めで、魅力的な彼女が文章の中にも表れている。
あすみに対する想いが溢れていて、とても好印象に感じた。
その後も、たい焼きの事とか書店での事、先程の神社での事などが楽しげな文章で躍っている。
特に神社では、これからもあすみ役をずっと演じられますようにと、1人でも多くの人がりそヒロを見て元気になれますようにと二つもお願いしたと書いてあって、俺もつい同じ事を思わず願ってしまう。
ラストにはいつも通り猫のイラストで締められていて、今日は特別に巫女服バージョンでお願いしてる姿が描かれていた。ほんとに猫のイラスト、上手だな。
(これなら……)
ノートの最初から最後まで高崎さんの楽しさと嬉しさが感じられ、詰められていて……それは、りそヒロ愛、演じている黒糖あすみを大切にしている気持ちさえも伝わってくるものだった。
そして、今日の彼女はそれを表情や言葉でここまで随所に発信出来ていた……あとは、ノート内の気持ちさえ合わされば何も恐れることはない。
本番でもきっと大丈夫だ。
満足して彼女を見ると、あぅ、う~と唸り声をあげ、両手をぎゅっと握りしめている。
つい夢中になってしまったからな、待たせすぎたのかもしれない。
「あのさ……」
「あ、あの……どうして……」
「っ!」
「……っ!」
咄嗟に声をかけようとして、言葉が重なってしまった。
タイミングが悪かったか。
ちょっとだけ気まずい空気になってしまったけど、一呼吸ずらして、俺は高崎さんに感じた事をそのまま伝え直す。
「えっと……インタビューの台本、これで基本的に大丈夫だと思う」
「……………ぇ」
そこで高崎さんは瞳を瞬きさせ、一瞬気の抜けた表情を作った。
きょとんとした顔が珍しい。
「最初は緊張してたけどさ、りそヒロやあすみたんのことを話す高崎さんはすっごい魅力的だよ。ノート内の高崎さんを表に出せれば、台本に出来ればと思ってたんだ。今日の様子なら大丈夫。俺なんかの太鼓判じゃ自信にもならないかもしれないけどさ」
「そんなこと……えっ、それって……」
なぜか高崎さん咄嗟に顔を俯かせてしまう。
耳まで真っ赤になってるような気も……あれ?
「……俺なんか変なこと言ってる?」
「うんうん……あっ、あの……それじゃあ、今日は……」
「うん、例の企画の予行演習も兼ねてた。ていってもすっかり俺も楽しんじゃったけどね」
「ううっ……そ、そんな……全部、神崎結奈のため……そ、それ、ず、ずるい……」
「ずるい? あ、そっか、ごめん。事前に言ったら変に緊張させちゃうかなって」
どこか責めるような、高崎さんの恨みのこもった目線がじろりと突き刺さる。
んっ、ずるい……?
また何か失敗してしまったのだろうか?
「ご、ごめん。何か気に障ったのなら……」
「……ちがっ、そうじゃ、なくて……」
「えっ……」
「……」
「あっ、当日のことなら、インタビュアーの人が俺なんかより上手く引き出してくれると思うよ。その日は俺も気になるから傍にいるけど……りそヒロとあすみの想いを、良さを今日みたいに伝えればきっと大丈夫。ちゃんと成功するよ」
慌ててフォローしようとした俺に、高崎さんは大きなため息をつく。
何やらかしたんだ俺は? さっぱり分からないが、もう一度謝るべきか?
そんなことを思っていると、彼女は一つ大きく息を吸い込むと、姿勢をピンっと伸ばして気合いを入れ直した。
そしてこちらへと振り返り、決意を帯びた大きな瞳がまっすぐに向けられる。
「……広瀬君、私のファンって言ってくれたよね?」
「えっ、うん……」
少し涙が溜まった大きな瞳……それは決して悲しんでいるようには見えなくて、すごい魅力的で俺は恥ずかしくもその瞳を向けられて目を逸らすことが出来なかった。
「なら……こ、公認のファン1号は広瀬君だからね」
「ええっ! そ、それ、あすみたんの名台詞に似てる……」
嬉しさから小刻みに震えだした中、ふうと息を吐いた高崎さんはさらに言葉を続ける。
「わ、わたしのファン1号はあなただから!」
その少しアレンジされたあすみの台詞は、高崎さんの宣言のようにも聞こえた。
「おい、今のもしかして……」
「本物……か?」
悠長に噛み締めている暇もなく、高崎さんのよく通る高らかな宣言に、境内にいた人達がハッとなって振り返った。
ここはりそヒロの聖地で、そのヒロインの声優がアニメの中のセリフを言えばそりゃあ途端に目立つし注目も集めてしまう。
俺は高崎さんの手を掴み、その場から遠ざかる。
「つ、つい大きな声で……ポンコツでご、ごめんなさい!」
「いいから、走って」
「はいぃ」
慌てたような様子とどこか嬉しそうな高崎さんの声が背後から聞こえてきていた。
とりあえずこのまま聖地を抜けようと駆けていると……
背後からクラクションの音が響く。
「みぃつけた。ほら乗って」
それは俺の苦手な人の声で、不快にならない卑怯な笑顔を浮かべていた。




