聖地巡礼
駅前通りを歩き、まずは最初の目的地へと向かう。
隣を歩く高崎さんと何か話そうかなとも思うけど、なかなか緊張からか言葉が出てはこない。
この感じで大丈夫なのか、そんな不安に襲われそうになるも彼女が一歩一歩進むごとにワクワクドキドキの方が上回っていく。
それは高崎さんの表情が徐々に変化して行ったからだったと思う。
そして見えてくる急こう配の坂道。
その場所はアニメ第1話でもっと印象深いシーンでファンの間では再会の坂道と言われている。
「ど、どう? ここわかる? わかる?」
「……うん、うん、うん!」
俺はやや興奮気味に高崎さんに問い、彼女は不安な表情を一瞬だけ見せながらも、何度も肯定してくれる。
なんでもない普通の坂道なのだが、周りを見るとりそヒロのファンであろう人たちがわざわざ足を止めて写真を撮っている。
「ここが再会の坂道か! うおお、感慨深いな」
「やばいよな、ここ。10年ぶりの再会場所だぜ!」
あちらこちらで漏れ聞こえてくるりそヒロファンの声。
週末の今日、聖地であるこの場所は結構な賑わいを見せていた。
そんな様子を横目で眺めているだけでなんだか嬉しくて、こちらのファン心に火が付く。
思えば誰かと盛り上がりたくて、俺は同士を求めていたんだ。
巡り合ったその子が、大好きなヒロインキャラであるあすみたんの声優さんだとは思わなくて、今も時々信じられないときもある。
でも、こうしてこの地を2人で訪れることが出来たことは何とも言葉にできない嬉しさがあった。
そんなことを考えて隣を見れば、俺と同じようにその場の空気に当てられたのか、高崎さんは抑えきれないように体を震わせていた。
その様子を見れば彼女が楽しんでいるのがわかる。
「……」
「……」
高崎さんは周りの目を気にしているように、左右を見回していた。
そして、作中のあすみ同様しょうがないな、ここは誰かに聞こうと一瞬決意したような演技を見せ、周りを気にして声量に気を配りながらもセリフを口にしてくれる。
「す、すいません……先日転校してきたばかりで道がわからなくて、この道行けば……って、しゅう?」
「……ぁ」
「……って、ここであすみがそういったんだよね……」
「……やっぱすげえな……」
「……広瀬くん?」
「すげえよ、うおおおおおおっ!!」
高崎さんの声は小さかった。
だがそれでも傍に居た俺には十分すぎるほど聞き取れる。
その声に反応し、興奮してはずかしくもあるけど、だが無性に楽しくて仕方ない。
表情が緩んでしまうのはしょうがないだろう。
もうこれ逆らえないし、高崎さんのエンジンをかけるためにも俺は普段通りあすみたんサイコーじゃなければいけない。この場所でそこに嘘ついたらダメだろ。
「えっと……」
「こうやって誰かとあすみについて話せると思うと嬉しくて……」
「っ?! それは私も……た、たぶん、あすみは転校初日で不安いっぱいだったと思うの……それでも頑張って声を掛けて……」
「その相手がしゅう君だもんね。気づいた時のあすみたんの恥ずかしそうなでも嬉しそうな顔がなんとも言えない」
「そう、そう! 運命っていうか、何か始まるんだろうなって思うよね、期待しちゃう、よね」
「……お、おう」
少し話を促せば、まるでノートの中の高崎さんみたく饒舌に言葉が返ってくる。
普段ならこうはいかないはず……恐るべき聖地。
止めていた足を動かし坂を上りきれば、りそヒロの舞台の学校へたどり着く。
実際にはそこは高校ではなく大学だが、その大きさとアニメと違わぬ外観に俺たちは歓声を上げた。
「1話目のこの坂道を上がってくるとき、あすみはしゅう君の方すっごくチラ見してたよね?」
「してた、してた……」
「ねっ! 凄く意識してるのがわかってでも……わっ、ここアニメ、そのまま……」
「だなっ! 再現度すごいな、スタッフさん。ほんとシーンがすぐ蘇って……」
「素直になれないあすみは……お、幼馴染だからって、学校では気安く声を掛けないでよね……って言っちゃうんだよね」
「っ?! ……うんうん」
辺りに人がいることに気を使いながらも、高崎さんは先ほどからすでにあすみたんになりきっているのか、こっちが言わずともセリフを発する。耳に届く声に涙さえ浮かべてしまうほどの感動を覚える。
高崎さんも相当嬉しいのか笑顔がこぼれだす。
そのテンションは教室でみる彼女とは違ってきていることに気が付く。
(これだ、これなんだ!)
その姿こそ俺の求めていたものでもあるノート内の高崎さんだ。
りそヒロのこと、あすみたんのこととなると俺と同じくらい素の彼女は表情も言葉も熱気を帯びる。
それは客観的に見ても、誰にも負けることがないくらい魅力的な姿なんだ。
誘ってよかったと確信に至った。
「あの……わ、わたし……広瀬くん……どうして?」
「……何も言わずにさ、思ったことそのまんまノートに書いてみてよ」
ふと我に返ったようにあたふたしかけている高崎さんに、こちらも冷静になって促す。
「へっ……?」
「いいから、いいから」
小動物のように可愛らしく小首を傾げる彼女をよそに俺は持ってきたノートを渡した。




