らしい待ち合わせ
今日は高崎さんと聖地巡礼の日。
出発前にもかかわらず、俺は何度も動画を確認する。
それは例の高崎さんが出る動画で、駒形ことはという声優が出ている回だ。
駒形ことは……他作の声優さんには詳しくない俺でも、なんとなく聞いたことがあるくらいの知名度で、今売り出し中の若手。
映像でもところどころわざとらしい笑顔を作るものの、それが計算なのか自然なのかどうでもいいように思える魅力が彼女にはある。
今期りそヒロと覇権を争っている『幼馴染は最強で最高です』略して『おさサイ』という作品のメインヒロイン役。
実際、おさサイも視聴しているからか、この動画後に視聴するとなるほどと思えるところもあり、より楽しめる面もある……少し悔しくもあるが、完璧と言っていい聖地巡礼インタビュー動画だというの理解した。
だが、高崎さんも負けていないはずだ。彼女には彼女のやり方がある。
これはりそヒロファンであり素の高崎さんを知っている俺だからこそ気付けたもの。
ここまでやり取りしてきたノートに本物の高崎さんがいる。
『時間よ……まさかデートじゃないとは思うけど、遅れたら嫌われるわよ。ふんっ、どうでもいいけどね』
おっとあすみたんアプリが起動した、もうこんな時間か。
ふふ、これなら高崎さんだって……それになんだかんだでりそヒロの聖地巡礼は俺も楽しみ。
高崎さんと一緒に……あれ、一緒に? こ、この格好まずくないか?!
ふとシャツのボタンをしていてよれ気味のシャツを見入ってしまう。
俺1人で出掛けるならこれでいいが、あの麗しき高崎さんの隣を歩くのにこれふさわしいのか?
大丈夫か……気づかれでもしてそれが原因で悪評なんてことは……
(やばくね……?)
「……固まってどうしたの? グッズの予約し忘れた?」
「い、いや……ちょっと聞いてくれ」
「うわっ、なに?」
リビングで靴下をはいていた妹がめんどくさそうに顔を上げる。
すでに制服姿。土曜日でも吹奏楽部の練習があるそうだ。
俺は出掛ける趣旨と1人でなく連れがいるということを手短に話す。
「連れね……ああ、ならその恰好はアウトだね。ダサい」
「ダサい、言うなよ。じゃあどんな服装ならいいんだよ?」
「お兄ちゃんはほんとお兄ちゃんだなぁ……なんでそれを出掛ける直前に言うの? 信じらんない」
「いや、だって、ある服着るしかないだろ」
「はあ……買うっていう選択肢を今度からは持つべき。グッズ集めもいいけどさ、高校生なんだから、いざってときの為におしゃれ着くらい用意するべきなんだよ。陽菜なんて季節ごとに一着は揃えてるよ。フィギュア1体分もしないし……うわっ、無駄遣いいやだなって顔すんなし」
心底憐れむ視線を浴びながらもその指示に従って春用の服をすべて引っ張り出して、コーデしていく。
妹曰く、変に大人びる必要はない。高校生らしく持っているもので皺などないものということで、忙しいのにアイロンをかけてくれた薄緑色のTシャツを着てその上にネイビー色のシャツ、ズボンは黒のボトムスに……
「まっ、そんなものかな。元からそれなりの見た目だし、いい感じだと思うよ」
「そうか……助かった。それじゃあ行ってくる」
陽菜からのそんな声に後押しされて家を出た。
☆☆☆
電車に揺られること30分。
改札を出て待ち合わせ場所である駅前にある公園に向かう。
支度に戸惑ったけど時間に遅れることなく無事についたが、高崎さんの姿はまだなかった。
辺りはカップルの姿があり、他にも絡まれたら厄介そうなチャイ人たちも目に付く。
まさか高崎さん誰かに声かけられたりなんてことは……
そう思うと不安になって電話を掛けてみると、背後でりそヒロのテーマ曲が流れだす。
「あっ、うっ……」
「へっ……?」
驚き慌てた高崎さんが木の陰から申し訳なさそうに出てきた。
「……いま、出ようと……ううっ」
「そっか……声かけられちゃうから隠れてたのか。もっと別の場所にしたらよかったか、ごめん」
「そ、そんな……ここは……あすみにとって、特別……だから」
「そ、そうだね……」
少し恥ずかしそうで、ぎこちないがちゃんと聞き取れる言葉……それを聞けばそれだけで高崎さんの一生懸命さが伝わってくる。
両手を握りしめて左右に視線を泳がせて、今にも震えだしそうな状態だ。
随分と緊張しているな。
無理もないか。
「ま、まったくよお……待ち合わせ前のどれだけ前に来てんだよ?」
「っ?!」
高崎さんは大きな黒い瞳をさらに大きくさせて、突然の俺の台詞に反応する。
だがすぐにふうと深呼吸し、むっとした表情を作った。
この場所はりそヒロ内でも主人公が気分転換を兼ねてあすみを誘った時、待ち合わせに使った場所。
それを知っていて、高崎さんはあのときのあすみたんと同じベレー帽を今日もかぶっている。
わかってるさ。
聖地巡礼インタビューを気にしてることなんて。なんとかしようと肩に力を入れていることも。
でも、それなら尚更……リラックスさせてあげたい。
「あ、あんたの方こそ遅すぎなのよ。待ち合わせの時刻より前に来るなんて常識でしょうが!」
「ほ、ほらいくぞ」
「え、偉そうにしないでよね」
完璧な間とすらすら出てくるあすみの台詞に心が躍らされる。
高崎さんはというとやり取りがおかしかったのか、自然と表情が僅かに緩んできた。
「……色々悩むこともあるだろうけどさ、今日だけはただ楽しめばいい。それが目的なんだから」
「っ?! そ、それって……きょ、きょうは……広瀬君が……巡りしたいから、なんじゃ……えっ……えっ?」
困惑な表情を浮かべる高崎さんだったが、気恥ずかしそうだけど隣を歩いてくれる。
こうして俺たちの聖地巡礼は始まった。




