本当にまずい
高崎さんに渡されたアニメ雑誌をきちんと読んでみてわかったことがある。
このインタビュー、声優さんとアニメの聖地を巡りながらトークを繰り広げていく形式らしい。
しかも声優さんの方が主体で基本的に喋りっぱなし。
その一部が動画でも配信されている。
映像を見てみると、今期の日常系アニメのヒロインを担当している天真爛漫な声優さんが主演アニメの聖地を巡り、その魅力を伝えながら視聴者さんからの質問などに答えていく形式のようだ。
高崎さんと年齢的にもあまり離れていないその人は、和気あいあいとした様子で現地の人にも積極的に話しかけその街の魅力を丁寧に伝え、声優という職に対する苦労話などを随所に差し込みながら話を進めて行っている。
その人となりが垣間見られ、その声優さんを知らない俺でもくすりと笑ってしまう場面もあり、ファンになってしまいそうだった。
駒形ことはさんか……なるほど、この人の頑張りは画面上から伝わってくる。これ以降人気が上昇したことには納得だな。
今、注目の声優さんか。覚えておくか。
この企画、飾らぬようにするためか、台本は特に用意されていないらしい。
本来それは自然体でということで歓迎すべき点だと思うが、こと高崎さんにとっては大ピンチを意味する。
だ、だからこそ相談してくれたのだろう。
高崎さんは想定していないこと、すなわち台本や筋書きから離れたことへの対処が苦手だ。
自分を表現してそれを言葉にするのが苦手で、台本外のことには対処不可能と言ってもいい。
イベントの様子を見るとシミュレーション自体は相当こなして挑んでいるはずだが……それでも不意の事態には弱い。
そこで緊張感が増してしまって混乱し、負の連鎖に陥ってしまう。
目をつぶれば、高崎さんがあたふたして何も言えないまま淡々と盛り上がることなくコーナーが進んでいく姿が目に浮かぶ。
こ、これは本当にまずいぞ……っ!
富田さんが言った失敗しても……というような言葉を思い出し、それに反発するように両手に力がこもる。
今回の場合だと、りそヒロの聖地か。
それなら嵌りだした時、俺もあすみたんと主人公の思い出の地を巡ったな。
俺が出来ることはなんだ? どうやって応援してあげるのがいい……?
頬杖を突きノートを開きどうすればよいのか考えていると、ノックの音が響いた。
こちらがまだ返事をしていないにもかかわらずひょいと陽菜が顔を出す。
「やっほー、お兄ちゃん……」
「……珍しいな」
「久しぶりにお兄ちゃんの部屋がどうなったのかと思って……うわっ、何か色々増えたなあ」
その視線は周りを見回し、開きっぱなしの高崎さんとの交流ノートへと行く。
「な、なんだよ……?」
「別にぃ……最近お兄ちゃんやる気出してるからね、陽菜はその辺褒めてるよ。あっ、いいこと言ってるでしょ」
自慢できるわが妹。
俺とは違って言われる前にやれることをやるし、どんなことにも手を抜かない。
吹奏楽部でも入部した時から周りに期待されて……
あれ、待てよ。自分を表現するってことではこれ以上ないお手本なのでは。
「なあ、自分が思っていることを言葉にするのが極端に苦手な子。人付き合いが苦手と思ってくれていいんだけど、そういう子が自分のことを話すようになるにはどうしたらいい?」
「なにそれ? 人付き合いが苦手ってお兄ちゃんのこと?」
「い、いや、俺も確かに苦手だが……俺のとはちょっと違うかな」
「それ難しいよ。うーん……もしその人がちゃんと自分の言葉で喋りたいと思ってるなら、出来るまで練習するしかないんじゃない。ただいきなりってハードル高すぎるし、それは無理だからさ。まずは近くの人とコミュニケーション取れるようになることから? リラックスできてるときなんか話しやすいと思うけど。傍に居てみててあげるだけでもそういう子には勇気が出るはず……そうやって段階踏んでいけば……ってそれ誰の話?」
「なるほどな……いや、と、友達の話」
「友達ねえ……まあ今のはあくまで一般的な話だよ。言葉ってなにも喋るだけじゃないしね!」
「っ?!」
再び陽菜の視線はノートに向けられる。
「なに、その気色悪い笑みは?」
「いや……ありがとう。何とかなりそうだ」
そういえば、楽器を持ち帰って来たにしては、妹の部屋からは演奏しているような音は聞こえてこなかった。
「……まだそんな遅くもないし少しくらいなら吹いても大丈夫じゃね?」
「……あっー、そうだね。練習だよね、やっぱり……」
歯切れの悪い言葉とバツの悪い顔を浮かべ納得したように戻っていこうとする。
その後ろ姿はなぜか高崎さんとダブり、心配になった。
「なあ、お前……」
その先の言葉を吐き出そうとして躊躇してしまう。
そのことを素直に聞いても素直に答える妹ではないし、素直に聞ける兄でもない。
こと部活に関しては話題に出すだけで顔色が変わるから本人が触れられたくないのは感じているんだ。
「んっ? 色々あるけど、大丈夫だよ」
「ならいいが……」
「ほんと大丈夫、だよ」
それはまるで自分に言い聞かせているようだ。
妹が部屋から出て行ったあと、俺はノートのラストに文字を書く。
それは高崎さんを元気づけられることが出来て、なおかつ今回の訓練にもなることで、それを書く俺も自然とワクワクしてくる文だった。
翌朝は、いつも通りの陽菜だった。
「はよう、お兄ちゃん。継続して起きられるようになったね」
「おはよう……」
一晩寝て気持ちを整理したのか、元からたいしたことはなかったのか。
先日、話を聞いてもらっただけに何かあるならと思ってはみたが、いらぬ心配だったか。
心配したぞ。とも言えば、キモイと返ってきそうだから、なにも触れないのが正解か。
☆☆☆
学校に登校すると、高崎さんは今日もすでに隣の席に座っていた。
昨日と同じくあたふたしている様子だが、挨拶をしてノートを出すとその表情が少しだけ緩む。
「お、俺は神崎さんのファンだから」
「……ふぁい?」
まだ教室に誰もいないこともあるのか、彼女はその場でページを広げその内容に目を走らせる。
こちらもちょっとドキドキしながらその様子を見ていた。
「あっ、あっ……」
その口からは自然と言葉が漏れ、大変な状況のはずなのに僅かに緩む口元。
それは予想通りの反応で心底ほっとする。
高崎さんも俺もりそヒロという作品の大ファンだからこそ、その言葉には意味があるんだ。
だから、その文に否が応でもテンションが上がる。
俺たちは最低限の意思疎通は出来るようになってきた。
それは大きな前進だ。
そして俺は高崎さんの本当の言葉を知っている。
今回もなんとかなる気がして……ノートの最後には、
『週末、りそヒロの聖地を巡ってみたいんだけど、1人じゃ恥ずかしいからもしよかったらついて来て欲しい……○○駅前の公園に11時集合でどうかな?』
そんな一文を添えた。




