本物のマネージャー
彼女に連れられてやってきたのは、おしゃれなカフェだった。
学生ならまず入ることのない高級そうなところで、椅子も信じられないくらい座り心地がいい。
「神崎結奈のマネージャーの富田知子。以後よろしくね、広瀬潤君」
そんな自己紹介をされ、俺の困惑はますますその度合いを深めていく。
「……あの、俺に何の用が?」
「私は君をスカウトしに来たの」
「はっ? よく意味がわからないのですが」
「肩書はそうねえ、マネージャー補佐? 付き人? それともバイト君? まあそんなのどうでもいいけど」
「いや、待ってくださいって!」
「……わかるはずだよ。なんでスカウトされるのかは……神崎結奈が初めて顔出しした前々回のイベント、そして前回のWebラジオの公開収録。その両方に君は来ていたでしょ?」
「そうだ! なんであなたはあの時居なかったんですか?」
当時のことを思い出す。
最初のイベント、この人はいなかった。
居たなら、そもそも俺がマネージャーに間違えられているはずがない。
マネージャーなら高崎さんのことをもっと……っ!
そのことを思えば困惑はそのまま苛立ちへと変化していき、にらみつけるように彼女を見てしまう。
「結奈ちゃんのためを思ってだよ。つい傍に居ると余計な手助けしちゃうからね」
「意味がわからないです……手助けするのもマネージャーの仕事では?」
「まっ、そうなんだけどね……。君は当然気づいているでしょ、あの子のコミュ障に?」
「特に珍しくもないでしょ。俺もコミュ障ですよ」
「うそ、君が。とてもそんなふうには見ないけどなあ。まあいいや……それでね、私以外の事務所関係者は彼女のコミュ障を知らないの。こういえばある程度察することが出来るでしょ?」
「……つまり、あなたはわざとイベントに姿を現さず、失敗したら失敗したで事務所側も以降の顔出しするような仕事を控えるだろうと考えたということですか?」
「ご名答」
彼女の言葉に、態度になんだか腹が立ち、ふくれっ面になりながらつい大きな声を上げてしまう。
「ふざけんな! マネージャーなら、そばでいつも見ているなら、高崎さんがどれだけ頑張ってあのステージ上にいたかわかってるだろう!」
いきり立つ俺を富田さんはやんわりと手で制し、少しの間落ち着くのを待ってくれる。
それは完全に大人の人の立ち振る舞いで、俺が子供なんだと思い知らされた。
「結奈ちゃんの頑張りはたぶん誰よりも認めてるよ。でもそれとこれとは話が別だからね。ただ頑張っただけじゃダメなのよ……あの子が台本さえあればやり通せることも君は気づいているよね?」
「それは……」
視聴覚室での高崎さんの姿。
そして2つのイベント時の笑顔が思い浮かんだ。
「イベントが1度失敗した……それくらいの評判低下ならあの子はすぐに取り戻せる。声優として自分じゃない誰かを演じることは出来ても、今の彼女には台本にない人前での質疑応答は無理。私はそう判断したの」
「……」
「でも、その無理を君が可能にしてしまった。びっくりしたよ。最初のイベントが大成功したって聞いたときはね」
掌に顔を乗せ、嬉しそうに富田さんは俺を見る。
その視線から逃れるように、頼んでくれた珈琲カップに口を付けた。
「ううっ……あれは咄嗟に動いただけです」
「私もりそヒロのファンだけど、君のように瞬時には動けない」
「……」
「責任、取ってくれないかな?」
「……はっ?」
「二度の成功で彼女へのオファーは殺到する。事務所側は結奈ちゃんの絶望的ともいえるコミュ障を知らない。知っているのは私たちだけ。このままじゃどうなるかわかるよね?」
「いやいやいや、マネージャーなんて俺には無理です」
そう言って立ち上がろうとする俺の手首を彼女は前のめりになってがっちりと掴み……
まるで俺の行動を予知していたかのように、富田さんは袋を机の上に置いた。
「これなーんだ?」
「そ、それは……」
その中にはりそヒロの限定グッズのあすみフィギュアにアニメ化を記念して作られた革ジャン。
俺をとどめておく作戦なのかもしれないが、それは卑怯だろ。
「もうちょっとお姉さんと話さない?」
「くっ、なんてずる賢い大人なんだ……今まで以上に応援はします。それでいいじゃないですか?」
改めて座りなおして彼女を見やる。
さっきからやたらと嬉しそうにケーキを頬張るその姿はまるで子供。
だが彼女が紅茶を優雅に啜る姿は見惚れるくらいのもので、どこか気品ある姿に映る。
なんだか声も嬉しそうに聞こえ、それは冷静になると不快でなく心地よくも感じた。
だから悪い人には思えなくて、こうやってさほど緊張せずに対面していられるのかもしれない。
同世代の女の子ならこうはいかないはずだ。
「君なら言葉の通り応援はしてくれると思うけど……関係者しか入れない場所もあるし、公のイベント以外も助けは必要でしょ」
「……」
「悪い話じゃないと思うけど……もしかして、助けることで見返りを受けることを気にしてる? 真面目くんだなあ」
「……そんなつもりで俺は高崎さんを助けたわけじゃないんで」
「そんな見栄張らなくていいのに……2期も決定したし、今後グッズとかの発売も増えると思うよ」
「うっ……」
「イベントも近郊だけとは限らないだろうし、毎回駆け付けられるの?」
「ううっ!」
「先立つものはあって損はないとお姉さんは思うけどね」
余計なことをしたつもりもないし、高崎さんを助けたことに後悔なんてこれっぽっちもない。
けど、たしかにこの人の言う通り責任はありそうだ。
「あっー、くそっ、わかりましたよ……ちょっと考えさせてください」
「色よい返事を期待してるわね」
どうやら要件は片付いたようで、メニューを渡される。
「ええっ!」
そこに目を落とすと、値段がものすごいことに気付いた。
「すいませーん、チーズケーキを2つ……君も食べるでしょ?」
「いや、ちょ、持ち合わせがなくて払えないんですけど……」
「お姉さんに任せなさい」
「ううっ……なら、それと紅茶を」
この人、ケーキいくつ食べるんだ?
すでに富田さんの前には空になっているケーキ皿が3つほどある。
甘いものは別腹というやつだろうか。
「あははは、やっぱり苦かったんだ。大人ぶらないでお砂糖入れればよかったのに……」
「……」
不快にならない笑いというのはなんかずるい。
俺この人苦手かもしれない。




