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変化

 まだ薄明かりの時刻。


「はよう、お兄ちゃん。じゃ、よろしく」

「おう……」


 台所に顔を出した途端に妹とそんなやり取りをする。

 最近になって朝のゴミ出しを命じられていた。

 なんか日を追うごとに、やらなければいけないことが増えている気がする。

 文句を言える立場でもなく特に不満もないので、部屋着のままペットボトルの入った袋をゴミ置き場に出しにいく。


 その場所は小さな公園の前であり、幼馴染である桐生香織の家のすぐ傍だ。

 だからこれまでは早朝でも近づくことすら憚られた。

 それが今は少しざわつく程度でわりと平気なことに自分でも驚いてしまう。


(こんな早くから起きてるわけないし、遭遇することなんてないと思ってるのかもな……)


 香織の家を見上げながらも、なぜかあのイベントのことが頭を過る。


 自然と頬が熱くなってしまい、それを振り切るように顔を横に振って急いで家に向かった。


「そういや、ノートまだだっけ……」


 最近はノートを書く時間も短くなった。

 それは書きたいことをダイレクトに綴れるようになったからだと思う。

 その楽しさは前以上で、深夜アニメをリアタイで視聴しそのことを朝になって記すこともしばしば。


 少しにやにやしてしまっていたのか、台所に立つ陽菜に軽蔑されているような視線を浴びてしまう。


「だらしない笑顔だなあ……」

「怒ったり落ち込んだりしているよりいいだろうよ」

「それはそうだけど……キモイ」

「キモイ言うなよ……ほら、先にシャワー浴びて来いよ」

「朝シャンの良さに気づいたような顔だなあ……今日はサンドイッチだから、マヨネーズとマスタードを混ぜて片面に塗っておいてくれると助かる。それからゆで卵作ってるからお願いね」

「おう」

「なんか、最近のお兄ちゃん……いや、いう必要もないね」


 遠ざかりながらのぼそりとした声を聴いて、朝食兼お弁当の用意に取り掛かる。




 そんな朝の時間を消化し学校に登校すれば、すでに隣の席に座っていた高崎さんに小さくではあるがぺこりと頭を下げ挨拶してもらえた。

 彼女は胸の前で拳を作ってポーズを取ったが、ううっと可愛らしい声を上げながら萎んだ様に握りしめた指を解く。

 そして今度は手帳を見開き、書いた内容を真剣に見直していた。


 なんだかそわそわしているのだけはわかる。

 その仕草一つ一つがなんともいえないくらい愛おしいと、隣の席に座って思ってしまう。


「ああそっか、ノート……? 書いてきたよ」

「うっ……」


 と声を漏らし沈黙がありながらも、その後うんと頷いてくれる。

 だがすぐに、はううっ、と可愛らしい声を上げて机に突っ伏してしまう。

 そんなに書いてきたか心配してくれたのかな?


 そう思いながら、鞄からノートを出して彼女へと手渡す。

 教室内に他に誰もいないこともあるが、この手渡しでのやり取りも随分と自然になった気がする。


 受け取った彼女はこちらがドキッとしてしまう、はにかむような笑顔を作った。

 だがそれも一瞬で、俺の顔とノートを交互に見たかと思ったら、


「あっ……」


 何か言いたそうに口をもごもごさせて、その後大きくため息を漏らした。

 そのまま席を立ち左右を見回しながら教室から出て行ってしまう。

 そんな後ろ姿を見せられると、少し心配してしまう自分がいて苦笑し頭を掻くしかない。


 それだけを見たら、少しだけ前の自分の姿と重なるところがある。


 だから授業中もちょっと気になり彼女を見ていたが、ぼんやりと考え込んだり、時折小首を傾げたりしながら、やたらとこっちを窺っているような……なんだろう?


 昼休みは昼休みでもじもじしながらこちらを見つめてくる。

 どうやら俺が少しだけ手伝ったサンドイッチが気になるようだ。


「よかったら食べる? このカツサンドとかわりと行けてると思うけど……」

「っ!」

「おうおう、広瀬の奴、弁当男子にまでなりやがったか!」

「マジかよ、自分で作ってんの?」


 その申し出に高崎さんはあうあうし、周りはやたらと歓声を上げる。

 彼女はパクリと小さな口を開けて完食しながらも、はあ~とため息が漏れたような……

 口に合わなかったのかな?



 そんな様子を見せられたその日の放課後。

 教室を出て、下駄箱に向かう俺を高崎さんは追ってきてその前に回り込んで、


「んっ!」


 顔を明後日の方向に向けて、両手で胸のところに押し付けられノートが返って来た。

 その日に返されるのは初めてなこともあり、こっちがビックリしてしまう。


「えっ……何かあ……ちょっと」

「っ?!……」


 彼女はこっちが言い終わる前にコクリと頷き、逃げるように去っていく。

 肯定がある分、最低限の意思疎通は出来るようになってきた。

 それは俺たちにとって大きな変化で、個人的には今はこれでいいと思っている。

 意思疎通できてるよね?


「あれ、なんだこれ……?」


 ノートと一緒に渡されたのは、声優さんの記事も豊富な1冊のアニメ雑誌だった。


 何か心配事だろうか?

 あのイベント後から数日が経ち、今はさらに神崎さん人気が高まっているというのは、りそヒロのサイトなどで話題になり知っている。

 ノートを今日返してきたことと関係あったりするのだろうか?




 高崎さんのノートの内容が気になっていたので、寄り道もせずに帰り道を歩いていた時のことだ。


「みいつけたっ!」

「えっ? ……はい?」

「ふふっ、もう逃がさないわよ?」


突然俺の手を両手で握りしめたその女の人は、不敵な笑みを浮かべる。

えっと……誰?

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。頑張ってくださいー。
[良い点] 遂に捕獲される時が来ました! 所謂、タイトル回収が始まる訳ですね(笑) まぁ、普段の高崎さんの様子を見ると仕事の時のプロ意識の高さが伺えます。
[良い点] これまではプロローグ、ここから物語が動き出しますね。 [一言] 気付けばすでに、ルート突入済みですね。
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