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うろたえてしまう彼女

 どうやら半開きになっていた視聴覚室からその声は聞こえてきたようだ。

 自然とそちらに足が向き、中を覗き込む。


「……素直になろうって決めたのに……せっかく話しかけてくれたのに……あっー、もう」


 そこにはやたら熱のこもった演技をしている高崎結奈がいた。

 軽快に言葉を発していることにも驚いたが、それよりも教室で見せる彼女の表情とは明らかに違う。

 真剣さがこちらに伝わってきてなんだか目が離せない。

 

「……あ、あたしに献身的に尽くしなさい! ……なんであなたにしたかって………そんなの昔から知ってるからに決まってるでしょ」


 その台詞は黒糖あすみが作品内で発したものだった。

 耳にしただけで、俺はどんな場面だったか瞬間的に思い浮かんでしまう。


 彼女は額の汗をぬぐい、他には誰もいない室内で一生懸命に演じている。

 その様子がやたらと絵になり、しばらく固唾を呑んで見守ってしまった。



 また話しかけたら失敗する。そんな思いもあった。

 だから一瞬、進みかけた足が止まる。

 けど、それでもその台詞を聞いてしまったからか、話をしてみたいという気持ちの方が断然に上回った。

 高崎さんが一息ついたとき、溜まっていた思いが爆発し声を掛けていしまう。


「すげえ、すごいよ!」

「……へっ?!」


 高崎さんは間抜けな声を出し、瞬きをこれでもかと繰り返す。

 キーホルダーをこの目にしたよりも、さらに興奮を隠せない俺は構わず近づいた。


「高崎さん、やっぱり『理想のヒロインの見つけ方』好きじゃん!」

「あうっ……」

「あすみたん好きじゃん」

「ふぁう…………」

「さっきのって、あすみたんがお礼を言おうとして少し意地張っちゃうシーンのところだよね?」

「あっ、うっ……」


 高崎さんは何か言いかけるものの、言葉が突っ掛かったように吐き出せなくなっている。

 先ほどまでとは打って変わり、その表情は赤面し小刻みに肩を震わせ顔を伏せてしまう。


 取り乱しているのか、狼狽えているのか、とにかく彼女の態度からはそんな様子が伺える。


 だが、どこか嬉しそうにも感じてしまった。


「高崎さん?」

「……」

「……」

「っ!」

「ちょっと!」


 彼女は逃げるように駆けだして、俺の横を通り過ぎるところで机の脚に引っかかり盛大にこけた。


「にゃっ!? おおうっ!」

「だ、大丈夫?」


 爪先を抑え悶えるも、すぐに立ち上がり廊下へと消える。


 同じ作品を好きだという確信めいたものがあった。

 が、またもその反応に戸惑ってしまう。

 失敗もよぎった。けど、勘違いじゃないよな?


 今度は一呼吸置いた後には、そのあとを追えた。


 すでに高崎さんは教室に入ってしまっていて、周りの女子の目もありなんとなく話かけることは躊躇してしまう。

 こちらを見る回数がちょっと増えたような気がしたが、彼女から話しかけてくれるようなことはない。

 視線を逸らされ、なんだか避けられている雰囲気もあり、そのたびに開きかけた口を閉じるしかなかった。




 翌日、金曜日。

 隣の席の彼女は、午後の授業中ずっと時計を気にしていた。

 放課後が近づくにつれ、高崎さんはなぜかそわそわしだす。

 定かではないが、先週の金曜も彼女は急いでいた気がした。

 そして、ホームルームが終わると同時に高崎さんは席を立つ。


 俺は例のキーホルダーと共に遠ざかって行くのを少し寂しく見送るしかなかった。


 今日も話そうとしたが、結局やり取りは出来なかった。



 しかし、高崎さんやけに急いでいたな。

 その理由がわかったのは、わりとすぐのことだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一人発した言葉は、果たして借り物なのでしょうか?
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