成長(第1章完結
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その音を耳にし、MCの声優さんはぎょっとした顔を一瞬作る。
なるほど。高崎さんが上がり症なのを知っていてか、助言するふりして嵌めようとしやがったな。
何もない無言のメッセージ。
それはこっちを見てくれという合図でしかない。
高崎さんは画面を見ることに一瞬ためらいを見せた。
おそらくそれはさっきの失敗をもう繰り返したくない、そんな思い。
そして唇を噛み締めているその様子は何とかしなければという、ここ数日の彼女の行動と重なるものがあり、見ているこっちの方が勇気づけられる。
「っ!?」
彼女は力なく画面を見入り、すぐにその視線がこちらに向くと、次第に興奮したように頬に赤みが差していく。
その目は、俺が掲げた走り書きに、想いをこれでもかと込めた見開きの文字に集中していた。
『最後までここにいるから頑張りなさいよね! さっきのは……』
最初にノートを渡した時みたいに、いやそれ以上に嬉しそうにふっと口元が緩み――
「……さっきのは素のあすみで、猫かぶりモードのあすみは違う。違うよね……『ご、ごめんなさい。君になら私よりもっとふさわしい人が現れると思う、よ』……かな』
神崎結奈は、その感情を籠った台詞を口にした。
それが会場に響くと、一度冷えた熱が一気に火照り、あちこちで歓声があがる。
ここにいる人、みんなりそヒロファンだからな。あすみが学校じゃ猫被ってることを知らないやつはいないだろ。
そこからは意地悪な質問や高難易度なあすみネタ質問が飛び交ったが、素早く文字を書き、神崎さんはあすみの台詞をパーフェクトに告げていった。
書くたびに、ここ数日の自分の行動を恥じる。
怖いから何もしないっていうのは違う。
確かに俺は幼馴染とは勘違いから失敗した。
でも、高崎さんは幼馴染とは違うんだ。俺は彼女を助けたい!
「以上でりそヒロwebラジオ公開収録を終了とさせていただきます。第2回のゲストはたぶん誰かメインの人がまた来てくれるんじゃないかな? MCなんで私なの? じゃあ最後に結奈ちゃん一言」
「進行が上手いからですきっと。長い時間、お付き合いいただいてありがとうございました。これからもりそヒロとあすみをよろしくお願いします」
会場にこだまする拍手と神崎さんとあすみを称賛する声。
その声に触発されたのだろう。
「あすみたん、さいこー」
関係者席にいるにもかかわらず、つい大きな声で叫んでしまった。
会場のくすりという笑い声が木霊し、視線がこちらに向いてしまう。
「……」
途端に恥ずかしくなりそのまま縮こまるしかない。
気分が大いに晴れ、ホールを出ようとしても興奮が冷めなかった。
「あっ、君……」
だが、最後の最後に目立ってしまったことで、前回のイベントにもいた人に呼び止められてしまう。
「咄嗟の機転、助かったよ。さすがマネージャーだね」
「いえ……俺はちがっ……いて、いたいすっ」
てっきりまた苦言を呈されるのかと思ったが、逆に背中を叩かれ、そんな誉め言葉をいただいた。
いや、その勘違いまだ解けてないのかよ!
イベント収録前とは違い、曇った心にはようやく晴れ間が差していた。
家に帰る時間も惜しく、今なら絶対書けるという想いがあって、そのまま近くのカフェに立ち寄る。
湯気の上がる紅茶をよそに、さきほど活躍してくれた例のノートを出して文字を紡いでいく。
「いやあ、公開収録良かったわ。またやらないかな」
「ほんと神崎さん天使だったね」
昼間、話していた人が偶然にもカフェにいてその話を聞きながらペンを走らせる。
すらすらと書きたい内容が浮かんできて、ここ数日分の鬱憤を晴らすように書きまくった。
ラストにはあすみのイラストと、
『出来た……最後まで書けた』
そんなアレンジ台詞を添えたその出来に、無性に恥ずかしくもなり嬉しくもなった。
店を出たときには外は薄暗くなりはじめ、ネオンが点灯始めている。
そのままゆっくりと駅まで歩いていると、見慣れた後姿を見つける。
この前のニット帽姿であり、その容姿を見間違うことなんてありえない。
どうしようかと迷ったが、気が付くと追いかけていた。
「た、高崎さん……」
「っ!」
いざ目の前にすると、避ける気持ちは消えてはいたが、今度は気恥しさが芽生えている。
「よ、よかった……ノート書いたんだ。遅くなってごめん」
「あう……きょ、きょうも……」
「いいよ、無理に喋らなくても。ラジオ収録良かった」
「……」
「ノートにも書いたんだけど、俺、高崎さんのこと応援してるからさ。出来ることがあれば何でも言ってね」
「……はいぃ」
この日は高崎さんと一緒に最寄りの駅まで帰った。
電車内では、俺がたまに喋る程度で何か特別なやり取りが出来たわけじゃない。
でも、彼女の表情は以前よりもさらに表現豊かになった気がした。




