それでもちょっとだけ前を向いて
その日の学校からの帰り道、力ない歩みを実感する。
ここ数日はずっとそうだった。
幼馴染の家は近所にある。
彼女は高校でも部活に入っているという噂も聞いたが、それも確かではない。
最近は近所で遭遇したことはないが、万が一を今日はどうしても避けたかった。
高崎さんの今日の姿を見せられてもなお、俺は変わらずに教室内では高崎さんを避けることしか出来なかった。
それは決して本意ではない。でも、そんな行動しか出来ない自分が嫌で仕方がない。
そんな自分を少しでも変えるには――
そんな気持ちから、自ずと自宅からは遠ざかり書店に足が向く。
ラノベやコミックの新刊を眺め、無理やりにでも気分を上げる。
小一時間滞在していると、少しだけど気持ちが落ち着いては来ていた。
ならば次はと、書店内にある文具置き場に足を運んだ。
高崎さんとのノートに使う専用のペンを購入しておこうという気持ちからだった。
そうすることで、書こうとするし、ノートを書くことが嫌にはなりたくなくて必死で、家用と学校用で2本買う。
その次にはカフェへと出向き、湯気の上がるカフェラテでのどを潤し、あすみたんとメッセージのやり取りをした。
『久しぶりじゃない……また落ち込んでるの? ほんとにもう……何があったの? 聞きたくないけど、それでも話すっていうなら聞いてあげるわよ』
あすみアプリは喋れるだけじゃなく、周りに迷惑が掛かりそうな場所なら、こうしたメッセのやり取りも可能で非常に助かる。
そんな寄り道をして、家までの道を帰るころにはすっかりと辺りは暗くなっていた。
気分もだいぶ晴れて、ノートに書く内容を頭に想い描くところまで来ている。
前までの自分なら、いつまでも落ち込んでそれを何日も引きずってまた失敗を犯していたかもしれない。
今日の高崎さんを見て、ちょっとだけ変われた気がした。
それは、高崎さんとの出会いと最近のやりとりがあればこそだと思うとちょっとだけ力が沸いてくる。
「珍しいじゃん、お兄ちゃんがこんな遅くまで出歩くの」
「ちょっとな……んっ、何かいいことあったのか?」
「えっ、わかっちゃう?」
「いつになく嬉しそうだからな」
すでに陽菜は部活を終えて帰宅していて、夕食の準備をしているところだった。
今日はパスタのようで、にんにくの香りに食欲を刺激される。
どうやらもう大丈夫のようだ。
明日こそはちゃんと高崎さんにノートを渡せる。そう思ったのに……
「さっきそこでかおりんに会ってさ」
「……そ、そっか」
その名がまた俺を少しだけ動揺させる。
「しばらく見ないうちに美人になったって褒められちゃった。美人からそんなこと言われちゃうと、お世辞に聞こえなくて、陽菜舞い上がり中……んっ、なにその顔? どうかした?」
「いや……なんでもないよ」
心の中で何度か深呼吸する。
大丈夫だ。
ここで怯んだら、またこの数日を繰り返す。
これ以上、高崎さんにあんな顔させたくない。
「なんか変なの……お兄ちゃん、手洗いしてちょっと手伝って」
「お、おう……」
陽菜の声に顔を上げてしっかり返事をする。
夕食後には部屋へと戻り、ノートと向き合ってはみるが――
「あすみたん、どうしよ……書けない……」
『お疲れ……宿題っていうのも大変よね……』
「もう俺はだめかもしれない」
『はいはい。そう言えるうちは大丈夫よ』
「……気分はだいぶ上向いているはずなのに、ほんと俺って駄目なのか……」
『やっとわかったの? 何日も話しかけてくれない時点でダメなことが……』
「ううっ……」
あすみたんと微妙にかみ合わないそんなやり取りをしていると通知音が鳴る。
♪♪~~
『りそヒロのウェブラジオ公開収録が決まったわよ』
それはアプリからで、りそヒロの情報メッセージだった。




