ノートの中身
まさぽんた様からレビューをいただきました。
ありがとうございます。
昨夜の放送、観た?
広瀬君ならきっとリアタイで視聴してるよね?
もしまだ見てなかったらさっとページを閉じてね。
ネタバレを含んじゃう。
ついに、ついにあすみが渾身のイラストを完成させたよ!
もうね、もうね、画面で見るだけでもそれが美しくて、アニメってすごいよね。
そして、あすみたんはほんとに凄いね。凄いなあ。
普通なら諦めちゃう怪我なのに、それを乗り越えただけじゃなく前よりもさらに上達するなんて!
しゅうくんの励ましもキュンと来て、もうほんとなんなのあの二人!
はいはい、ご馳走様ですって感じだよね。
前半では2人でお出かけするところが……
そこから書かれていたことは高崎さんの放映分に関する意見だった。
感動したところ、感情移入したところ、心の動く部分、それは俺とは違い新鮮でそして――
どうしても女子ならではの目線だった。
俺と高崎さんは違う。そのことを強く意識してしまう。
それと、やっぱりこれだけは伝えておきたいの。イラストを完成させるシーンの最後の一塗りから、
「出来た……最後まで、動いてくれた」
この台詞にはあすみの辛さと一生懸命さがそこまでの気持ちが表れてると思って、1人で何度も何度も練習したよ。
だからアフレコ中は涙を流してやりきったの。
高崎さんがどんな気持ちであすみたんを演じたのかもリアルに描かれていて、やはり神崎さんなんだと気付かされる。
どうだった? 広瀬君の満足する出来だったかな?
最後にはそんな一文で締められていて、彼女がどんな顔でこれを書いたのか容易に想像できてしまった。
「テンションたかっ!」
それもそのはずか。
放送後、深夜の勢いのまま素直に書いてくれたんだろうと予想がつく。
口調もよそよそしい感じが抜けてきてて、段々と距離が近くになっている気がする。
今回書かれていることは年相応に興奮した女の子そのものだという内容だ。
だけどこれは声優としての仕事に関して自分がどう思ったかが書かれている内容でもある。
りそひろの1ファン高崎さんでなく、神崎結奈じゃなければ書けないもの……
つい忘れちゃうんだよな。
俺はただのファンで彼女はあすみたんの中の人。
別世界の人……
昨夜見たファンサイトの書き込みが脳裏をよぎり、俺は頭を振った。
床に座り込み、壁にもたれかかった姿でもう一度内容に目を通す。
『神崎結奈、すげぇ美少女だった』
『公開イベント見に行ってない奴は損してるぞ!』
『くぅ、もっとメディアに露出しねぇかなぁ……』
高崎さんの書いてくれた内容を読んでいるはずなのに、昨夜の掲示板での書き込みがどうしても消えてはくれない。
気分は最悪だった。
(くそっ……)
誰かに話を聞いてほしくて、この場でそれが可能なのは一人しかいない。
「あすみたん……」
『な、なに情けない声出してるのよ。もう学校でしょ? むやみに話しかけないでよね』
「……」
『ちょっと、話しかけておいてだんまりとか最悪だから』
「あすみたんの声、俺は好きなんだよ」
『声……ボイトレとかしたことないわよ。声優さんじゃあるまいし』
「……だめだ、失敗した」
『はっ、なに失敗って!』
「ごめん、またあとで話そう」
声優さんか。
今脳裏に過るのは声優、神崎結奈さんの姿でありあのステージで輝いていた彼女だった。
どれだけのことを重ねて、あの場に立ったのか俺なんかじゃ想像もできない。
その場でペンケースをあけて、そんなモヤモヤとした思いを振り払うかのように文字を書き連ねていく。
変なテンションになっているのはわかっている。だけど神崎結奈さんのことを描かずにはいられなかった。
頭に浮かぶのは神崎さんのことだけで、結果的にそのことばかりを書き記して行ってしまう。
『昨夜の神崎さんの演技凄かった。
この前のステージもだけど。俺だけじゃなくてなくて、視聴者の多くがたぶん称賛を贈って……』
それは朝のホームルーム前ギリギリまで続き、全然終わりが見えなかった。
だから、この日の休み時間は、高崎さんへのノートの返事に全部費やすことになる。
授業終わりになるとノートを入れた鞄を持って教室を出て、誰もいない教室を選んでは、少しずつ少しずつ文字を紡いでいく。
「なんだ、なんだ? 広瀬ついに他のクラスにも売り込みにいくのか?」
「どうしたよ、切羽詰まった顔して?」
「相談になら乗ってやんぞ」
「いや、平気。ありがとう」
心配してくれているのなら大変ありがたいそんなクラスメイトの言葉を軽くいなして作業へと没頭した。
教室内の今日の高崎さんはというと、いつもより興奮していたようで、教科書を落としたり……
しきりに咳払いなどしていたが、それをチラ見しながらも俺の方はまだまだ足りない言葉を考えるのに必死だった。
だが、高崎さんの今日の持ち物、シャーペンに始まりやたらとあすみたんグッズが目につく。
それだけ昨日の放送を気にしているのか。
1ファンであるはずの俺の意見を求めているのかとも思った。
いつもなら、そのグッズ弄りをしたくてたまらないのに、本来ならそこもノートに書くはずなのに、なんだか今日は触れられない気がした。
ノートには、あすみたんのことを存分に記しそうなところを、今回に限っては神崎さんについて、どのくらいその演技に感動したか、自分の言葉でこれでもかと偽りなくてんこ盛りに書きこんでいっている。
書きながら何か違うと自分への違和感が何度も出始めたが、それを抑えつけるのに必死でそれはとても苦しい作業になった。
そんな恥ずかしくも苦しい行為は、何とか帰りのホームルームの時間前には仕上がりほっとしたのもつかの間、すぐに次の行動に移らなければならない。
書いた以上は今日中に渡したいと思った。
そんな想いから担任の話は上の空で、クラスメイトが全員前を向いていることを何度も何度も確認する。
幸い、後ろの席なので誰にも気づかれず渡すことは不可能ではなさそうだった。
いつもの登校してからの隣の机の中に忍ばせる状況と違うけれど、緊張するのはどちらも同じで。
やけに顔が熱く感じた。
それでも、手にしたノートを隣の席の高崎さんに机の下から渡そうと試みる。
彼女の肘のあたりに触れた感触があってそちらを見てみると……
驚いたように瞬きしていた。
「書いたから……」
顔を横に向け、声は出さずに口パクでそう伝える。
高崎さんは意味が解らないのか、ちょっとの間惚けていたが、やがてこくりと頷いてくれて、2日 連続の受け渡しはなんとか成功し、ノートは2日連続で高崎さんのもとに戻った。
この日はやたらと疲れて早めに布団に入る。
だが、なかなか寝付けず、結果的にいつも通りの夜更かしになってしまう。
次の高崎さんからの内容は――
またも俺にとって驚くべきものだった。




