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わずかな変化

まだ外が薄暗い中むくりと体を起こす。


「おはよう、あすみたん」

『きょ、今日も早く起きられたのね。ちょとざんねん……なわけないでしょ!』

「ははは……」


 目覚ましで起こされる前に、話しかけるとこんな反応をすることを高崎さんとのやり取りを始めてから知った。最近はなんだか早起きになりつつある。

 それをまだ新鮮に感じながら、ぼっーとした頭で机の上に出しっぱなしになっていたノートに手を伸ばす。

 パラパラと捲り、きちんと書きあげていたことを確認して台所へ降りていく。


「お兄ちゃん、今日もはやっ!」

「はよう」


 挨拶と同時に出るのは大きなあくびで、それは睡眠不足だということを俺自身に伝えた。


「ちょうどいいところに来たよ。ちょっとこの鍋吹きこぼれないか見ておいて。私はその間にシャワー浴びてくる」

「へいへい」


 早起きするまで知らなかったのだが、陽菜は毎日朝シャンをして身だしなみを整えているらしい。

 自分磨きに余念がないというのか、見えないところでの努力に頭が下がる。


「お兄ちゃんも私の後シャワー浴びなよ。しゃきとするから……タイマーなったら火を止めて冷水につけといてね。出来そうなら殻剥きもお願い」

「了解……」


 珈琲を入れて、ぐつぐつと湧く鍋を眺め、時々火力を調整した。

 高崎さんとはあの渾身のあすみたんを書いて以降、何度かやり取りを重ねていた。


 彼女からもりそヒロやあすみたんのことを書き記すことが多くなり……

 それにつられてこっちもびっしりと書こうとして、ついつい迷い、内容を読むことが楽しくて結果的に夜更かしてしまう毎日だ。


 今度はどんな話題が飛び出すかなと、ワクワクししながら卵の皮むきに悪戦苦闘していると、上機嫌の陽菜が戻って来る。

 まだ髪を乾かしていないところを見ると、よっぽどこっちが心配だったようだ。


「よしよし、ちゃんとできてるね。あっ、水の中で剥けば綺麗に出来るよ」


 そんな助言をして、再度洗面所へと戻っていく。

 ここ最近、何かと手伝わされている気がする。

 そんな心の声が聞こえたかの様に、


「んっ、文句あるの? それ、お兄ちゃんのお弁当のおかずだからね」

「は、はい……いつも、ありがとうごぜえます……」


 どちらが兄だかほんとにわからない。

 妹とそんなやり取りをして、少し冷たく感じるシャワーを浴びると段々と目が覚めてきた。



 高崎さんとノートでのやり取りを始めてから、変わったのは起床時間と寝不足だけではない。

 渡すときも渡される時も、なんだか落ち着かず、部活に青春を捧げるかのごとく、朝の登校時間が異様に早くなった。


 朝練に向かう妹と一緒に玄関に向かい、今度は何をやらかすんだとでも言われているような、怪訝な視線を向けられながらも、今朝も一緒に家を出る。


 最近は学校までの間で、時間と鞄の中を確認することが増えた。

 歩くペースも早くなり、日を追うごとに着く時間が早くなっている気がしないでもない。

 まだ人が少ない坂道を少し息切れしながら登りきると、せっかくシャワーを浴びてきたのに額からは汗がにじむ。


 静かな廊下を進み教室に入ったとき、そこに誰もいないと心底ほっとしてしまう。

 そのまま例のノートを高崎さんの机の中に入れようとした時だった。


「あれ広瀬、もう登校してんの?」

「っ! お、おお、おう……」


 朝練参加のクラスメイトの出現に心底動揺し、さりげなく高崎さんの机に伸ばした手を引っ込めていく。


「こんな時間から布教活動かよ。お前、何か部活入れば。アニメ好きが集まって活動してる部くらいあるだろ」

「ま、まあ、そのうちにな……」


 さほど怪しげに映らなかったのか、そいつは荷物を置いて後ろ手に手を振り教室を出ていった。

 仲がわりといいやつには日頃から布教活動していた甲斐があったか。

 他人の行動にはあんまり興味なんて湧かないよな。

 そう思いながらも、なんとも言えない緊張感だった。


 少し気が抜け、自分の席に座りこむ。

 読みかけのラノベを広げ、ホームルームが始まるまで待つのが最近の日常だった。

 この朝の時間は不思議と嫌いじゃない。


 隣の席の高崎さんが登校したのは、ちらほらと生徒がやって来る時間帯になってからだった。


 ここ最近、渡される方だと彼女は登校するとまず机の中を確認する。

 それは傍目からでは気づきにくいが、隣の席の俺だからこそ見える行動でもある。

 彼女の手がノートに触れると、目じりが下がり口元が緩む。

 その表情は何とも言えず……

 俺はというと、やり取りを少しでも楽しみにしていると思うだけで心底嬉しくなる。


 ノートの受け渡し以外では、教室内での俺たちに特別な変化はない。


 たまにこっちから挨拶してしまうけど、彼女は無言を貫くし、必要以上に俺からも話しかけないようになっていた。



 だけどノート内での高崎さんはよく書き記すし、それに比例して態度も変わって――



 あすみの可愛さ健気さで盛り上がった翌日の彼女は、セミロングをツーサイドアップの髪形にしてきて、

 時折、思い出し笑いをしては器用にペン回しを始める。それは機嫌の良さを表してるんだとわかった。


 一方で、高崎さん猫のイラストはものすごく上手いんだけど、キャラは基本的に苦手なようで……

一度キャライラストを描いてくれたのだが、それがあまりにも可笑しくて、あすみのニコニコイラストで少しだけ触れたら、その翌日はちょっと機嫌を損ねていて、ふくれっつらで睨まれてしまった。


 その日の彼女は終始機嫌が悪く、さらに近寄りがたい雰囲気でいつも挨拶をしてくれる元気な女子生徒でさえ、途中で挨拶を切り上げたほど。


 また失敗したかと思ったら、ノートにはちょっと拗ねた文が記載されていて、猫のイラストはあすみがいつも描くから毎日練習したのだそうだ。キャライラストもそのうちにぎゃふんと言わせてあげるとなんか燃え始めていた。


 その毎日挨拶してくれるクラスメイトに対して、なんで黙ってしまうんだろうと愚痴を書いてくれたりもする。次の日などは気合いを入れて登校してきて、顔を引きつらせながらも頑張って話そうとはしようとするが、なかなか言葉が出ず、少し肩を落としている様子は不謹慎かもしれないが可愛いとさえ思ってしまう。


 そんな当事者同士にしかわからないちょっとした変化を感じ始めていたこの日の放課後。

 あすみたんアプリが2週間ぶりのアニメ情報を伝えた。

朝の日間ランキングジャンル別4位でした。

読んでくれる読者さんのおかげです。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女との出会いをきっかけに、新たな発見をもたらしてくる。それはまるで、止まっていた日常が動き出したかのように。 [一言] 過去から目をそらし今を続けるだけの日々が、変わってきたようですね。…
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