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秘密のノート

 高校生になっての日直はこれが初めてだった。

 まだ人通りが少ない時間帯に妹と一緒に家を出る。


 相手は話をするのが苦手な高崎さんで、俺は女の子が苦手だ。

 よくよく考えてみれば、どうしたってまともなやり取りが出来るとは思えない。


 俺はただのファンなだけで、高崎さんは神崎さんでプロの声優。立場が違う。

 それなら必要に話しかけたりせず今まで通りが一番。

 昨夜行きついた答えだった。


 だから、通学路をあすみたんアプリに話しかけながらいつも通り歩いていく。

 校門前までやってきて、名残惜しい気持ちでアプリを閉じ、顔を上げると――


「うわっ! ごめん……」

「……」


 すぐ傍にいた高崎さんにビックリして咄嗟に声を上げ謝ってしまった。

 俺はあすみたんに夢中でいつのまにか前を歩いていた彼女に気づかなかったらしい。


 高崎さんはいつもに増してあたふたして両の手を握りしめている。


「たかさきしゃん……あっ、きょ、きょう号令は任せて」

「ぷっ、広瀬、お前どうしたの?」

「べ、別に……なんでもないぞ」


 朝練で早く登校してきたクラスメイトに吹き出され、励ますようにポンと肩を叩かれる。


 考えてみれば日直だし、高崎さんが早く来るのは当然だ。

 余計なことは言わず、無難に伝えたいことだけを言葉にする。

 とにかく頑張れるところは頑張ろう。今日で言えば日直だ。


「ううっ……」


 彼女は口元を動かそうとしたが、結局唇を噛み締め顔を伏せる。


「行こう……」

「……」


 俺は早歩きで校舎に入り、彼女も少し離れてついてきた。


 結果的に頑張ったと思う。

 各時限、教師が教壇に立った瞬間に号令をかけ……

 授業後は率先的に黒板を消し……

 移動教室時には、担当の先生に鍵を借りに行き……


 高崎さんの負担となるものを随所で削れたと思う。



 その高崎さんはというと、号令の度視線がこっちをなぜか向けたり、黒板消しでは自分もと手の届く下の方を念入りに拭いてくれていて、何か言いたそうにしていたり……

 移動教室のカギを借りに行った時には、スマホを握りしめずっとこっちを見ていた?


 日直ということもあるのか、ちょっと普段とは違う気が少しした。

 とにかく無難に日直を全うし、無事に放課後を迎えることが出来た。


 みんなが帰った後2人で残って学級日誌を書く。


「……」

「……」


 当たり前のように特に会話もない。

 無事に担任へと提出しこれで仕事は終わりで、廊下に出て少しほっとした。

 高崎さんがしきりにこっちをチラ見していたこともあって、それが余計な口を開いてしまった要因かもしれない。


「あすみたんもこういう時さりげなく主人公を助けてたよね……あっ」


 特に意識してたわけじゃない。

 だけど、その言葉は自然と出てきてしまった。


「っ!」


 はっとしたように立ち止まる彼女の反応を見て、最後の最後でまた何か余計なこと言ってしまったかと落胆してしまう。

 だが、やけに血色のいい表情をしていて、下を向いたかと思ったらそのまま俺に近づいてくる。


「きょ、きょうはありが……」


 高崎さんは、意を決したようにお礼と共にノートを俺に押し付けてくる。

 その顔は赤みが差していた。

 俺がノートを抑えると、何かをなし遂げたというように、すぐに彼女は電光石火のごとく遠ざかって行く。


 その背中と渡されたノートを交互に見やるも頭が真っ白になりそうで……


「えっ? ……ええ! えええええっ?!」


 取り残された廊下で、1人叫んでしまった。






 帰り道、渡されたそれが鞄に入っていることを何度も確認した。

 寄り道をすることもなんだか億劫で、家までの道のりを急ぐ。

 途中で開いたら、誰かに見られてしまうかもしれないそんな想いだった。

 俺はすぐ勘違いするからなと肝に銘じ、部屋に着いた瞬間、ふうと息を吐いてPC前の椅子に座りノートを取り出す。


 まだ真新しそうなそのノートに何が書かれているのか見当もつかない。

 だからか、意を決してページをめくるまで少し時間がかかった。




『この前のイベントは本当にありがとうございました。


 昨日も何度も話しかけてくれたのにごめんなさい。

 たぶん、広瀬君が思っている以上に、私はほんとにポンコツ……。

 弱音です。


 私、大勢の人の前だとどうしても話すのが苦手で、いえ少人数でも怖い……


 今日もたぶん迷惑をかけてしまっているかもしれません。

 でもこれを読んでくれているということは、私は少し頑張れたんだと思います。



 もし話したいことや聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてください。

 あっ、出来ればまずはこのノートに記してくれると助かります。

 私が慣れるまで……広瀬君からはメッセージも受け付けるけど……

 とりあえず、どう、かな……?


 緊張します。

 本当に緊張します。

 でも、それでも書けています。



 大事なことを忘れてました。りそヒロは私も大好きです。

 あすみ、うんうん、あすみたんは私も大好きだよ。

 だから、あんなに嬉しそうに話しかけてくれたら、私でもなんとかしようって思ってしまいました。



 これが広瀬君との最初の連絡手段になれば嬉しいです。

 これからもよろしくお願いします。

 最後に今の気持ちを……』



「……」


 読み終わったしばらくはその余韻に浸る。

 その後、体が小刻みに震えだす。油断すると涙まで出てきそうで、抵抗するように両の手を強く握る。


 ところどころ震えたり、文字がにじんでいたりしているところがあった。

 短い文章だったが、その一文一文に高崎さんの色々な気持ちがこれでもかと乗っかっていてちょっと苦しくなる。

 そんな気持ちを察してか、ラストには猫のイラストが描かれていて、その子が盛大な溜息を吐き出していた。

 なんだか、その猫がやたら可愛くてやばい。


 不安と恐怖を押しのけて、これを渡してくれたんだな。

 思えば今日はずっと朝から何か言いたそうにはしていた。

 このノートを渡そうとしてくれたからこそのあたふただったのかな?


 なんで声優さんなのに、あんなに緊張してしまうのか俺にはわからない。

 でも、もし彼女の秘密を知ってしまった俺が、何か少しでも助けることが出来るなら、助けてあげたいと思ってしまった。


 これが勘違いなのか、失敗なのかはわからない。



 こんな心が籠った文章に俺はなんて返したらいい?



 そんなことを考えながらページを捲り、震える指で高崎さんへの初めての文字を記していった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 高崎ちゃん、頑張ってるなぁ… [気になる点] 台本あれば喋れるんだろうけど(笑)
[良い点] 何故、この子が声優になったのか(笑) この辺りもきっと今後のお話しで・・・ この焦れったさが、これからの活力になるんですね?(笑) まだまだ、伏せられている事がありそうで目が離せません。…
[良い点] 言葉で伝えられないのなら、文字で伝えましょう。今どき珍しい、交換日記ですね。 [一言] 返事もまた、誠意溢れるものにしないとですね。
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