下町雑貨店にて
「待ってくださいディーク様!」
「ディークレオスだ。お前にその名で呼ばせることを許した覚えはない」
慌てて後を追いかけたアイラに、ディークは冷たく対応する。ディークは足を止めたと思えば、冷え切った視線でアイラを射抜く。これまでにない怒気を孕んだディークに、アイラは少し怯えながらも苦し紛れに軽い笑顔を浮かべる。
「ディークレオス様と仲良くなりたいと思ったのですけど……」
「俺をディークと呼んでいいのは親族だけだ。自惚れるな。精霊に愛されているか知らんが、そんなこと俺には関係ない。分かったか?」
「は、はい」
言い切ったディークはアイラから距離を取るように歩き出した。だが、すぐに意識を切り替えたアイラがディークの隣にやってくる。今度は手を握ろうとはしないが、ディークへの好意を隠そうともせず話しかけてくる。
「ディークレオス様は街に来るのは初めてですか?」
「……初めてではない」
言っても無駄だと悟ったディークは、諦めてアイラとの会話に興じる。そんなディークの様子を面白がるアイラは、さらに距離を詰めようと、乙女らしく振る舞う。
「ディーク様はセレスティアさんのことが好きなんですか?」
「愛している」
「やっぱり! お付きの人が言ってましたもん。セレスティアさんはいずれ皇妃になる人だって!」
「フレットがそんなことを?」
「はい。でも大変ですね。相手はこの国の第一王子、ウィル様の婚約者。略奪なんて、ディークレオス様は大胆ですね」
貴族の恋愛事情に目を輝かせるアイラは、乙女らしい表情でディークに詰め寄る。
「私も大概だと思いますけど、ディークレオス様もなかなかですね」
「うるさい。お前には関係なだろう」
不満げに呟きを漏らすディークの二歩先をアイラが歩く。アイラは街並みを眺めながら、通りの店に目移りする。
「ディークレオス様、雑貨店ですよ!」
「そうだな」
連れ出されたディークはあまり興味が湧かず、適当に返事をしてアイラの後をついていく。アイラの指差す先には小綺麗な雑貨店が口を開けていた。庶民向けの商品を取り扱っているその店は、平民のアイラでも手が届く値段設定だ。
「綺麗な櫛……」
店の中に入ると、アイラは早速商品を物色し始めた。可愛い、綺麗に惹かれるあたり、アイラも普通の女の子のようだ。
「気に入ったなら買えばいいだろう」
「いえ、私実は貧乏なんですよ」
「お前なら、取り巻きたちが買ってくれるだろう?」
「取り巻きって……ウィル様たちは友達です! 他の人たちもみんないい人たちなんですよ!」
怒って頬を膨らませるアイラは、ぷいと顔を背ける。ディークはそんなアイラの様子を意外そうに思ったのか、余計なことを口走る。
「お前はいい奴なのか?」
「え?」
「いや、お人好しなのは理解していたが、あの関係性を気づいていながら友達なんて言えるとは、本物のお人好し(バカ)か、性格がかなり悪いかの二択だと思っただけだ」
「バカじゃないですよ!」
「なら性格が悪いのか」
「な、なんでそんな酷いこと言うんですか!」
バカって言った方がバカなんですよ! ト怒るアイラは機嫌を損ねた子供のような反応を見せる。
「酷い冗談ですよ」
「皇子に向かってバカと言えるお前は本物のバカなのかもしれん」
「そ、それはすみません。ですが、先にバカって言ってきたのはそっちですからね!」
「そうだな。悪い」
「わかればいいのです!」
アイラのバカっぽさに少し警戒を解いたディークは、雑貨店の中でめぼしい物を二、三品買っていく。
「もしかしてそれ……」
「ああ。フレットにお土産だ」
「ああ、そっちですか」
「そっちって、他に選択肢などないだろ」
「そうですよね! 期待なんかしてないですよ、はい! 次行きましょう!」
残念がって肩を落としたアイラはディークを置いて先をズンズン歩いていく。
「好感度がまだ足りないのかな。どうすれば落とせるんだろう」
アイラはディークにバレないように、小さな囁きを雑踏に紛れ込ませた。




