皇子は悪役令嬢を気にかけている
「セレスティア。一緒に昼食でもどうだ? 今日は天気がいいからな。中庭でどうだろうか。フレットに作ってもらったんだ。あいつの腕はすごいからな」
「えっと……」
「先約がないならいいよな、よし行くぞ!」
昼食時間。いつものように一人で食堂に向かおうとするセレスティアを、ディークは強引に連れ出した。二人の後ろには大きなバスケットを持ったフレットが、にこやかな笑みを浮かべて付いていった。
「セレスティア、この前の魔法式のことでわからないことがあったのだが、」
「セレスティア、今度一緒に街に行かないか? 案内人が欲しくてな」
「セレスティア、おはよう。今日もいい天気だな」
ディークは毎日のようにセレに接触を図った。断る隙をディークが与えないことによって、セレは忙しない日常を送っていた。
「あのディーク様」
「なんだ?」
「私に構い過ぎではないですか?」
ある日の昼食時間。もはやディークと食べることが当たり前のようになっていたセレはこう口にした。
「いいだろう。どうせ学院内にいる間は暇なのだし、それに俺には時間が限られている。なるべくセレスティアと一緒にいたいと思うのは普通のことだと思うが?」
「しかし、こうもディーク様と一緒にいますと、婚約者としての立場を疑われないかと……」
「なら脅されているとでも言えばいいさ。なんなら脅してやろうか?」
悪戯好きのような笑みを浮かべるディークに、セレは苦笑いで返す。ディークと頻繁に関わるようになってから、セレは表情が崩れることが多くなった。他の人間が見れば微々たるものだろうが、ディークはそれに満足そうな顔をする。
「それにあの王子は好かない。婚約者がいながら他の女にうつつを抜かして。あ、セレスティアは違うぞ。俺が強引に連れ出しているからな」
「強引だという自覚はありましたのね」
「当たり前だ。強引じゃないと、セレスティアは付いてこないだろう」
「そうですね」
フレットの作った昼食に手を伸ばしながらディークはセレの瞳をまっすぐ見つめる。セレの目にはまだウィルの影が残っているようで、どこか憂鬱な浮かない顔をしている。
今頃はアイラやその取り巻きと食堂で仲睦まじくしているのだろう。そんなことを考えているのが丸わかりで、ディークは少しだけ不満げな声音になる。
「あの女に手を出してもいいことはない。王子を俺が叩き直してもいいんだが、あれは相当ダメになってる。自分の立場が見えていない」
「そう、ですね……」
王子様がセレとの婚約を破棄すればディークとしては嬉しい決断だが、国にとっての損失ば大きい。
(あの女が精霊の一族なんかじゃなければな。後の聖女と呼ばれる存在だ。関わっていて損はないが、セレの場合は違う)
「何か悩みでもあるんですか?」
「え?」
ディークが考え事をしていると、異変に気付いたセレがディークの顔を覗き込んでいた。
「お嬢も坊ちゃんの表情が読めるようになってきたねぇ。坊ちゃん無愛想なところあるからさ、理解できる人が少ないんだよねえ」
「そうなんですか? ディーク様はかなり表情が変わる方だと思っていましたが」
「お前に比べたらそうかもな」
さも当たり前のように言うセレに、ディークは照れ隠しのように掌で自分の顔を覆った。
「悩みか。確かに抱えているな」
「私で良ければ力になりますよ。普段お世話になっていますので」
公爵令嬢としてではなく、友人として。そう続けたセレは、少し自信に満ちた顔をしていて、ディークは少し惚けてから弄るように口を開いた。
「セレスティアが俺を選んでくれなくて困っている。どうすればセレスティアは俺に靡く?」
「えっと……思ったより深刻な悩みじゃなくてよかったです。私には力になれそうにないですね!」
ディークの美形にまっすぐ見つめられセレは少し頬を赤らめながら早口で捲し立てた。公爵令嬢として多くの男性を見ているセレだが、ディークの爽やかフェイスに見つめられれ、連日口説かれればドギマギしてしまうようだ。
セレはサッと目線を逸らして中庭の緑を瞳に映す。二呼吸置いて気持ちを整えてから再びディークへと視線を戻した。
「な……」
「ようやく俺を意識し始めたか」
ディークはしてやったりという表情でセレを見つめていた。セレが動揺している様をひとしきり楽しんだディークは、残りの弁当を食べ切ってしまう。
「俺はいつでも、お前を迎える準備はできているぞ」
ディークはそう言いながら腕を広げ、セレを抱きとめるようなポーズをとる。
「わ、私はウィル殿下の婚約者です。品性を疑われるような行動はしません!」
「はは、わかっている。だが、いつかこの腕で抱きしめてやる。絶対に逃さぬようにな」
「……そうですか」
「さ、教室に戻ろう」
ディークはセレの手を取り立たせてやる。ディークはそっと手を離してセレの前を歩いていく。強引に連れ出す時以外にディークがセレの手を握ることはない。ウィルに対して気を使っているディークを、セレは見直していた。
「そうだ。セレって呼んでもいいか?」
「はい?」
「いや、俺はディークと呼ばれているのに、セレスティアのことを愛称で呼べないのはどうかと思ってな」
「いいですよ」
躊躇う様子もなくセレは愛称呼びを了承した。
「しかしなぜセレなのですか? 親しい者は私のことをセレスと呼びます」
「他と同じでは特別感がないじゃないか」
楽しげに笑みを浮かべたディークは、二人を連れ中庭を後にした。




