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ヒロイン:アイラ

「――ディークレオスだ。よろしく頼む」

 ステージの上に向かって盛大な拍手が送られる。留学初日に学院生への挨拶をしたディークは緊張している様子はなく、皇族らしい自然な振る舞いを見せつけた。

「皇族だったとは……」

「セレスティアを庇った男だ……」

 ディーンが教室に入ると、教室後方、教壇に向かって坂になっている学生席の最上階にアイラを含めた五人が、雁首揃えて座っていた。教室に入ってきたディーンに不躾な視線を向け、昨日のことを詫びる気配もない。

(まさか本当に謝罪一つないとは、呆れて物も言えん)

「坊ちゃん、どちらに座ります?」

「そうだな、昨日のように雨の降らない場所がいいだろう」

 ディークと並んで教室に入ってきたフレックは、内部の空気を感じ取って即座にディークへと確認を取った。

 フレックはディークと一番の付き合いであり、嫌味、皮肉、愚痴。全てに置いてディークのことを理解している人間だ。そして、性格が悪い。だが、ディークはその性格の悪さを好んで従者にしている。

「雨って……」

「でも、ポール様が昨日水をかけられたことよね。謝罪はされたのかしら」

 最上階にふんぞり返っている五人とは別のところから小さな声がヒソヒソと上がる。耳を凝らさなければ聞こえない程度の本当に小さい囁き。

(ふむ、俺の立場をしっかり理解している者もいるようだな)

「坊ちゃん……」

 思案顔のディークに、フレックは袖をクイクイと引っ張って、教室の後方に指を指し示す。

「あそこだけポッカリ開いてるじゃないですか。あそこってもしかして」

「なるほどな。名案だ」

 フレックの指した席はアイラグループの左隣。一つの机に七、八人は座れそうなのに、そこだけ違和感のように空間ができていた。

(セレの席だな)

 ディークは目をつけると迷わずその席についた。どっかりと腰を下ろし長い足を組む。左隣にフレックを座らせ、肝心のセレが来るのを待つ。

「坊ちゃん、昨日は後ろから雨が降ってきましたし、今日は横から降ってきそうじゃないですか?」

「フレック、雨は横から降らない。冗談もほどほどにしておけ。誰のことを言っているかわからないがな」

 二人は揃ってアイラグループに視線を流す。その中の一人、アイラの取り巻き一号、トンプソン公爵家長男のポールはバツが悪そうにしている。

「ちょっと通して」

 二人の嫌味を聞いていたアイラは何を思ったのか、取り巻きたちを押し除けてディークの前に躍り出た。

「私はアイラ・リューシェンカー。昨日は私の友人が迷惑をかけて、ごめんなさい。ポール、悪いことをしたら素直に謝罪しなきゃダメよ」

「はい。ディークレオス殿下。昨日は無礼を働き失礼いたしました」

「うん、偉い!」

 ポールに謝罪させたアイラはヨシヨシとポールの頭を撫でてやってから下がらせた。

「私たちのこと、許してくれます?」

(何故この女はこんなにでかい態度なんだ? あれ、平民だよな?)

 アイラの突拍子のなさに、思わず心の中で素が出てしまうディークは、目を丸くしながらアイラを見つめていた。

「そんなに見つめられたら照れてしまいます……」

「なっ!? アイラ何を言ってるんだ! そいつはセレスティアを庇うような男だぞ!」

 外見だけ見れば爽やかな雰囲気を感じさせるディークに見つめられたアイラは、頬を軽く染めながら目線を逸らした。それに怒った王子様がアイラの体を自分の元へと抱き寄せたのを見て、ようやくディークは我を取り戻した。

「まあいいだろう。だが、次にセレスティアに何かすれば、その時は容赦しない」

「まずはセレスティアがアイラへの嫌がらせをしなければな!」

 アイラを大事そうに抱える王子様はディークを睨みつけ「ふんっ!」と鼻を鳴らして顔を背けた。

「坊ちゃん、お嬢が来たよ」

「やっとか」

 始業時間ギリギリ。一切乱れのない、隙のない姿で登場したセレは、いつも座っている席が埋まっていることを確認して、停止した。

「セレスティアさん、こっちの席空いてますよー」

「え、ええ。そうね」

 見かねたフレックがブンブンと手を振ってセレを呼び寄せた。セレが座る場所を他に探そうとしているが、生憎セレが入り込めるような隙間はない。

 ちんまりとしたショタ従者であるフレックが、幼子のような挙動を取ると様になっている。本人はもちろん自覚してやっている。教室の空気が若干柔らかいものになり、周りで怯えていた生徒たちはほっと胸を撫で下ろした。

「フレック、少し詰めろ」

「詰めるって、こんなに余裕あるのに?」

「セレスティアはそこのウィル・ソアーロ殿下の婚約者だ。浮気と疑われてはセレスティアが可哀想だからな」

「……」

 ディークの隣にやってきたセレは、粛々と席についた。学友としての距離を保っているディークと右からの視線に晒されるが、セレは全く動じていない。

「セレスティア、昨日のことについてはまだ話がついていないぞ」

「ウィル様……」

 王子様は威圧するような目をセレに向けた。片手にアイラを抱きながら。それを面白くない表情で見つめるディークはため息を一つついた。

(セレが水をかけられ、大々的に学校での居場所がなくなる。切羽詰まったセレは、アイラに刺客を放ち、その罪で断罪される……期限は二ヶ月)

 ディークは前世の知識を思い出しながら、セレの動向を監視していた。


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