悪役令嬢を狙う男
「あ、あの!」
「セレスティア・タールーム。お前に話がある。教師、どこかに落ち着いて話せる場所はないか?」
「そ、それなら、二階の談話室が……」
「そこに案内しろ」
食堂の外で待機していた案内役の教師を顎で使い、言いかけるセレの言葉さえスルーしてディークは我を押し通す。
「フレット、二人きりで話がしたい」
「了解〜。先生、この部屋の外で待ってましょ!」
「分かりました」
談話室に通されたディークは入り口をフレットに警護させ、セレと二人きりの空間を作り出した。
「座れ」
「ディークレオス皇子、まずはその水を……」
「ん? ああ、そうだな」
気遣うような目線を向けられたディークは、ハンカチを出したセレを手で制し、指をパチンと弾いた。すると、温かな風がディークの体を包み込み、たちまち水気を払ってしまう。何事もなかったかのようなディーンに、セレは目を瞬かせる。
「鮮やかですね」
「慣れだ」
ディーンの様子を見つめるセレは、中々腰を落ち着けようとせず、見かねたディークは先に腰掛け、セレが座るのを待つ。
「座らないのか?」
「失礼します」
皇子とは言え、公爵令嬢に対して不遜な態度を取るディークの提案に、セレは一言添えてからソファに腰を下ろした。
「先程は助けていただきありがとうございました。それで、モニオール帝国の皇子様が何故こんなところで、私のような者を?」
「俺のことを知っているのか」
「ええ。第三皇子とはいえ隣国の皇族の方ですから」
「さっきの小物は知らなそうな態度だったがな」
ディークはセレが自分のことを知っている、ということを嬉しく思いつつ、取り巻きの様子を思い出して呟いた。
「彼は……少々頭が足りていないというか」
「少々なんてレベルじゃない。下手をすれば国際問題だ。俺が温厚な性格で良かったな」
「温厚……そうですね」
一瞬躊躇ったセレは苦笑いを浮かべて肯定した。周囲の嫌がらせを回避したと思えば、次は隣国の皇子の相手。下手をすれば国家間の問題に発展しかねない状況で、セレは恟々としている。
「セレスティア・タールーム。おま……君に婚約を申し込みたい」
「……婚約。私とですか」
「ああ、そうだ」
突然の申し出にもセレは落ち着いた様子で聞いていた。
(さすが公爵令嬢。全く動じないな)
ディークはセレの言葉を待たずに続け様に言い放つ。
「もちろん、返事はすぐにじゃなくていい。俺が在学している間にでも決めてくれればな。君はあの王子様と婚約しているんだろう?」
「そこまで知っていて婚約の申し出を、何故?」
「何故? 愛しているからに決まっているだろう。それに、セレがあの王子様と不仲なことも知っている。傷心につけ込むようで悪いが、俺は欲しいと思ったら何をしてでも手に入れる男だ。覚悟しておけよ、セレスティア」
「……ふふ。殿下は、あまり皇族らしくないお方ですね」
(……笑った。あの氷の女王が笑った!?)
不意打ちの笑顔にディークはそっと顔を逸らした。皇族としてセレを迎え入れるために作り出した「第三皇子ディークレオス」の仮面が剥がれそうになり、ディークは寸でのところで仮面を付け直した。
「俺は兄上たちのように威厳のある顔をしていない。せめて、態度は皇族らしくと思っていたんだがな」
「いえ。その、まっすぐなところが、あまり皇族らしくないと思ったのです。殿下は嘘をついていらっしゃらなかったので」
「当たり前だ。何故嘘を吐く必要がある? 余計な嘘をついてセレスティアに嫌われでもしてみろ。俺はきっと死んでしまうぞ」
「そ、そこまで言われると、断りづらくなってしまいます」
「断れないようにしているんだ。公務は面倒だが、今ばかりは皇族で良かったと思っているぞ」
「さようでございますか」
セレの顔からは既に笑顔が剥がれ、いつもの、氷のような表情が張り付いていた。ディークはセレの笑顔が見れただけでも良しとし立ち上がる。
「あまり長居をしても学院を巡りきれないからな。俺はそろそろ行くとする」
「殿下の学院生活が幸あることを祈っております」
「……ディーク」
「はい?」
「ディークと呼べ。殿下と呼ばれるのは好きじゃない。俺は既に王位継承権を持たない身。それに今は学生の身分だ」
目を丸くして、少しだけ驚いた様子のセレに、ディークは淡々と説明してやった。だが、セレの耳には説明の部分は届いていない。
「ふふ。ではディーク様と呼ばせていただきます」
「……まあいいか。そのうち様の方も外してもらうつもりだからな。距離を置かれているようで気分がいいものではない」
不満を隠そうともしないディークに、セレは薄い微笑みを向け見送った。ディークの内心は台風時の海のように荒れまくっていた。