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セレスティア登場

「クソ……思ったよりも手間取った」

 十八歳になったディークは苛立ちを募らせながら悪態をついた。馬車に揺れる中で舌打ちを咎める者はいない。同乗している従者のフレックは、ディークの悪態に耳をぴこぴこと反応させるだけ。

「フレック。落ち着きのない尻尾をどうにかしろ」

 苛立つディークは、獣人であるフレックの猫尻尾を目線だけで示す。

「ディーク坊ちゃんだって、落ち着きのない膝をどうにかしてください」

「ちっ……」

 馬車の窓枠に肘をついて激しい貧乏ゆすりをしていたディークは、フレックの言葉に素直に従い、一度心を落ち着けようと大きく息を吐き出した。

 ディークは十八歳になり、皇子としての面倒事を全て片付けてこの馬車に乗っていた。念願の留学をもぎ取ったのである。

「後もう少しで着きますからー」

「もう時間がないんだ。もうそろそろで……」

「どんだけ好きなんですか、そのセレスティアって人のこと」

「俺の命よりも大切だ」

 呆れる顔のフレックに対し、ディークは至って真面目に答える。その瞳は真剣そのものであり、それが余計にフレックを呆れさせる。

「一国の皇子が一人の女にうつつを抜かすなんて」

「生憎、俺に愛国心などない。早々に王位継承争いから身を引いたのもセレと共に生きるためだ」

「まあ、王位継承問題に巻き込まれちゃ、堪ったもんじゃないですよね」

「ああ。万が一セレの身に何かあってはならん。セレの命は俺が守ってみせる」

「はぁ、お熱いことで。よくそこまで、会ったこともない女にそこまで惚れ込めますね」

「俺はあいつの一番の理解者だからな」

「皇子の妄言じゃないことを祈ってまーす」

 適当な調子で言い放ったフレックは、呆れっぱなしのまま会話を放棄して窓の外に視線を向けた。林に囲まれた街道を抜け、馬車は平原を走っている。御者側についている小窓に目を移せば、遠くに王都の景色が見え始めている。

「ディーク、見えてきたよ」

「……ああ」

 目を瞑り愛しの姫を脳内で思い返すディークは、馬車が止まるその時をじっと待った。


 ディークが留学にやってきたのは、ソアーロ王国王立学習院。多くの貴族や、騎士を輩出している名門校であり、魔法に関して言えば、最高峰の学習環境が整っていると評判の学校である。

 生徒は全て貴族の令息令嬢である。だが、ディークの代には一人だけ平民出身の少女がいいる。“物語“のヒロイン、アイラ・リューシェンカーだ。

 捨て子だった少女は物心つく前に平民の家に拾われ、そこで蝶よ花よと育てられた。そして、魔法の才能を見出されこの学習院への入学へと至った。

 特別入学の少女に、貴族たちは初めいい顔をしない。だが、持ち前の優しさと魔法の才能で、同じ学年である国の第一王子ウィル・ソアーロに見染められる。それ後は、一転して学院のマドンナとなり、多くの貴族たちから言い寄られるようになる。

 そして、その逆ハーレムをよく思わない人間こそが、ディークが好きになってしまった少女、セレスティア・タールームである。

 公爵令嬢であるセレは王子との婚約者であるが、立場上、王子に対してあまり強く出ることができず、“物語”のメインヒロイン、アイラに手を出してしまう。

 そうして地獄の入り口に立ったセレが迎えるのは破滅の運命。そういう「筋書き」になっている。

(まだ間に合ってくれよ……)

 王立学院にやってきたディークは、学院長への挨拶を済ませると、早速校内の案内を頼み込んだ。

(俺の記憶が正しければ今日のはずだ……セレの……)

「こちらが院生が普段使っている寮棟になります」

「食堂に案内してくれ、昼休みが終わる前に」

「? はい。畏まりました」

 ディークは努めて冷静に、案内をしてくれる教師に声をかけた。案内役の教師は、目の前に立つ皇族に少々怯えながらも、大人としての威厳を見せようと必死に取り繕っている。だが、ディークにとってはどうでもいい問題だった。

「この廊下の突き当たりが食堂になっています」

(人の流れが、滞りだしたな)

「坊ちゃん。なんか険悪な匂いがこの先からしてくるよ〜」

「急ごう」

 軽い調子で告げるフレックを連れてディークは食堂への足取りを速める。

「すまない、通してくれ」

「……は、はい」

 食堂の入り口にできた人だかりに向けディークが一言声をかけると、一瞬怪訝な様子で振り返った生徒はすぐにその身を避けた。ディークの放つ尋常じゃない気配を察して、次々に人混みが捌けていく。

 あっという間に食堂への入り口が完成し、ディークはその中を堂々と、早歩きで抜けていく。

 初めて見る顔に周りの生徒たちは好奇の視線を向けるが、ディークの視界には既に食堂の中央しか映っていない。

 ディークの目線の先には、六人の人物がいた。ディークの目的であるセレ、元凶であるアイラと第一王子のウィル。それと取り巻きが三匹。六人を取り囲む様に人がその一箇所を避けている。食堂の中とは思えないほど静まり返っており、六人の話し声だけが嫌に響いている。

(昼食中に因縁を付けに行ったセレとアイラの対立の場面だ)

 ディークはセレの服が濡れていないことを確認して、六人に向かってまっすぐ歩いていく。

(まだ間に合っ――!?)

 安堵しかけたのも束の間、ディークは咄嗟に魔法を発動し、セレの前に躍り出た。直後、ディークの頭に水がバシャリとかかった。

 突然の出来事に食堂の誰もが言葉を失った。いきなり飛び出してきたこの人物は誰なのか。そんな視線がディークの身に集中する。

「貴様、何者だ!?」

 セレに水をかけようとした取り巻きの男が声を上げる。セレの方に顔を向けているため、アイラを含め取り巻きたちにはディークの顔が見えていない。見慣れない格好、後ろ姿。

(間に合って良かった)

 いきなり湧いて出た不審な男を警戒するように、取り巻きたちはアイラの前に立ち背に庇う。

「一人の女性に対し男が寄ってたかって、しかも水をかける? この国の貴族は一体どんな教育を受けているんだ!」

 ディークは目の前にいるセレに視線を向けながら、背後にいる者たちを威圧するように叫んだ。

 庇われたセレは、見知らぬ男の登場に戸惑った表情を浮かべていた。

 朱雀を思わせる綺麗な赤髪は、動揺と恐怖、悲しみに震え揺れている。

「俺の名前はディークレオス・モニオール。今日からこの学院に留学してきた! これから貴様らと勉学を共にする。よろしく頼む!」

 ディークは周囲の生徒たちも含め自己紹介を済ませた。

「セレスティア。お前に用があって来た。ついてこい」

「え……?」

 ディークはセレの手を掴むと、半ば強引に食堂から連れ出そうとする。

「お、おい貴様! その女は我々と話が――」

「黙れ、小物が俺に話しかけるな」

「……!?」

 ディークに水をかけた男が声を上げるが、振り向きざま、ディークに睨みつけられ言葉を飲み込んだ。ディークはそれ以上言うことはなく、さっさと食堂を後にする。フレットは面白いものを見れたと、上機嫌に尻尾を揺らしながらディークの後をつけていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすいです。物語の冒頭から文章に無駄がなく、それでいながら必要な情報が簡潔にちりばめられていて、すいすい読むことが出来ます。 [一言] 悪役令嬢を救うというのが主眼なわけですけれど、悪…
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