最終決戦(2)
「援軍が来たみたいだ。もう大丈夫だろう」
「援軍……」
「王子兄弟だ。ここに来る前に戦力を集めさせたが、無駄骨だったみたいだな」
遠くに見える人の群れに、ディークは体を休めるようにその場に座り込んだ。
「セレ、腕を見せろ」
ディークの隣に膝を下ろしたセレ。ぐちゃぐちゃになった右手は、まだくっついていることが不思議なくらいの損傷だ。幸い、出血は止まっているものの、放置すれば根本から壊死していくだろう。
「これは、一度骨から作り直した方が早そうだな」
「元に戻りますかね」
「どうだろうな。治療は俺も専門外だからな」
「──ディークレオスさまぁ!!」
地響き鳴らしながら迫ってくる大群の、先頭にいるホルムは柄にもなく大声を出しながら走っている。
「大丈夫ですか……うわぁ!?」
走っていたホルムが驚きの声を上げ立ち止まる。だが、驚いているのはホルムだけでなく、援軍に来た全員がディークたちの背後を凝視して足を止めた。
「ディークレオス様! 逃げてください!」
言われたディークは咄嗟に立ち上がると、隣にいるセレを抱えてホルムたちの元へ駆け出す。魔力が枯渇し、集中力が欠けていたディークは気づくことができなかった。二人の背後で起き上がるアイラに。
「ディィィィグレオズゥゥゥゥゥゥウッッ!!」
「まだ生きてるのか、恐ろしい執念だな」
「ディークレオス様、大丈夫ですか!?」
「ああ」
ホルムたちの元までやってきたディークはセレを優しく下ろすと、疲弊する体に鞭を打って剣を抜く。
「ディークレオス様はセレスティアさんを連れて逃げてください!」
「あいつの能力に対抗できるのは俺しかいないだろう。無理をしてでもここで殺さなければ、この世界は終わるぞ」
迫真、鬼気迫るディークに気圧されたホルムは、口から出かけた反論を飲み込んだ。ディークが本気で言っていることを悟り、それ以上は言及しない。
「私も戦います!」
ホルムを黙らせたディークの隣でセレも声を上げる。
「その腕でか?」
「戦えます。守られているばかりじゃ、公爵家としてのプライドが許しません」
「足手纏いだ」
「この腕のせいですか?」
「そうだ」
潰れた右腕を指し示すセレにディークは無情にも突き放すように告げる。どちらも真剣な表情で引く様子はない。
「だと言うなら──」
セレは言い終わることなく、風の魔法で腕を切り落とした。肩から先がなくなり切り口から血が流れるが、セレは躊躇うことなく魔法で傷口を凍らせた。
「痛いだけで役に立たないなら落とした方がマシです。どうせ直せるかもわからないんですから」
豪胆に言ってのけたセレに周囲はドン引きしている。ホルムも言葉を失っている。そんな中、ディークだけは口の端を歪め、
「本当に強い女だ。アイラはここで殺す。全員でやるぞ」
「はい!」
「ホルム、お前は全体の指揮をしろ。俺はアイラを斬る」
「わ、わかりました」
はっと我に帰ったホルムは一瞬で意識を切り替え援軍の指揮を執る。ディークは疲弊した体に鞭を打つ。
「セレ、自分の体は大切にしろ。俺は怒っている」
「……はい」
「だが、こうなったのは俺のせいだ。この戦いにケリをつけたら、ちゃんと直してやる。まずはあいつを仕留める」
「はい」
精霊がいなくなり苦しくなったが、精霊の代わりにセレがディークを援護する。
(ディーク、あれまずいよ)
(どうした?)
ディークの内側から精霊がアイラを示す。アイラは周囲の魔力をその身に取り込んでいる。轟々と空気がアイラの方へと引き込まれていく。取り込んだ魔力によって、ディークが与えた致命傷を塞いでいく。
(周りの精霊を取り込んで生命維持をしている。魔力もさっきまでの比じゃない。でも……)
「ディークレオスゥゥゥ!!」
(肉体は精霊と魔力の許容量を超え崩壊する)
ディークたちの前でアイラの体が膨張し内側から引き裂かれていく。血肉が溢れ落ちるが、アイラに取り込まれた精霊たちが生命を維持しようと、壊れた部分から木や岩が現れ傷を覆う。
「化物だな」
もはや人の原型を保っていないアイラは、巨大な怪物へと変質した。岩で構成された体の内側には、岩を支えるように巨木が生えている。所々から見える木の枝が触手のようにうねっている。
「あんなの、どうやって倒せば……」
「ホルム。図体だけだ。耐久戦になるが、魔法を浴びせればいずれ崩れる」
「……わかりました。全員、距離をとって魔法の準備を始める!」
決意を固めたホルムは背後に控える仲間たちに指示を出す。それを見届けることなくディークは剣を握り直す。
「突っ込む気ですか!?」
「もう魔力がない。援護はセレに任せるぞ」
「無茶ですよ!」
「腕を切り落として戦おうとしている人間に無茶と言われてもな」
必死な様子で止めてくるセレにディークは苦笑いを浮かべる。
「やりようはある」
「……わかりました。全力で援護します」
「そうこなくては」
楽しげな笑みを浮かべディークは走り出す。アイラは三メートル以上ある体躯となり、火が灯る赤い岩窟のような瞳でディークを捉え、獣のような咆哮を上げる。
(精霊の力を取り込んで強力になっちゃったねぇ)
(中にいるアイラを引き摺り出す!)
(長引けばディークが危ないからねぇ)
「アアアアッ!」
アイラの剛腕がディーク目掛けて放たれる。視界を覆う拳はディークを正面から捉えるが、ディークは飛び退るように左へと回避する。しかし、
(ディーク、追撃がくるよ!)
アイラの腕から、別の意識を持っているかのように蔦の触手が伸びる。矢のような速度で飛来する触手を、ディークは身を捩って躱すが、完全には回避しきれず脇腹を貫き鮮血を垂らす。苦しげな呻き声を漏らすディークだが、咄嗟に触手を切り離し距離を取る。
「中級魔法、放て!!」
ディークが離れたタイミングを見計らってホルムの号令がかかる。各々が魔法を構築し、アイラへと魔法の雨を降らせる。
「ガァァァアッ!」
頭上から降り注いだ魔法群にアイラは頭を守るように腕を掲げる。
(隙ができたよ!)
懐がガラ空きになりディークは突貫する。狙うのは首。岩に守られていないそこはアイラに致命傷を与える数少ない弱点。直径二五センチはある極太の首を、ディークは貫く。
(ダメだ!)
至近距離。ディークが放った突きはアイラの首を見事に捉えるが、刃先数センチが食い込むに留まり、内側から現れた岩石によって剣が押し返される。
「内側からっ、なんでもありか!」
蔓が剣を飲み込むように巻きつき、そのまま剣を半ばからへし折った。
(一旦引かないと!)
アイラへと降り注ぐ魔法の雨が途切れ、アイラは両腕で胸元にいるディークを叩き潰そうとする。だが、判断の早いディークは既にアイラの腕が届く範囲から逃れている。
(おそらく本体、核になっているのは胸の中にあると思う)
(あの岩を砕かないといけないのか……)
折れた剣とアイラを交互に見ながらどうするか考える。魔法は使えず体力の消耗も激しい。脇腹には植物が貫通している。満足に動けない状態でまだ戦えている状況が不思議なほどだ。
「セレ! 援護はいい。一撃であの胸部を弾き飛ばしてくれ!」
「はい!」
「ホルム、魔法を途切れさせるな!」
「わかっています!」
隊列を組んだ魔法部隊が交代しながら、魔法を途切れさせることなくアイラへと浴びせている。
「ゴァァァッ!」
「なんだ!?」
絶え間ない魔法を受けるアイラが一声叫ぶ。すると、アイラの体を覆い隠すようにドーム状の岩壁が現れた。アイラの腕を構成していた岩もまたその一部となり、頭上からの攻撃を一切合切防いでしまう。




