アイラの本性
学院を飛び出したディークは、立髪靡く馬を走らせながらアイラの後を追っていた。フレットがアイラに付けた虫の反応を頼りに手綱を操る。
(ディーク、勝算あるのぉ?)
(さあな。呪いさえなければ楽だったんだが……そう簡単に負けるつもりはない)
(最強を自負する男が、随分と弱気だね)
ディークの内側から呑気な声で精霊が話しかけてくる。ディークは精霊の質問に正直に答えるが、いつもの不遜な様子は鳴りを潜め、ただ実直に現実を受け入れている。だが、それもそのはずで、セレが攫われたのはディークの力不足と不警戒さが招いたものだ。守る、助けると心に決めていたはずなのに、隙を抜かれてしまった。その事実は、ディークの決意を揺るがすものである。
(全て取り返せば俺の勝ち。セレが死ねば俺の負け。最悪の可能性ももちろんある。その可能性を生み出してしまったのは、俺の力不足故だ)
(自分に厳しいよねぇ、ディークって)
(そうでもない。ただ、欲しいものはなんとしてでも手に入れるだけの話だ)
ディークはそう答えながら気を引き締めた。アイラにつけた虫の反応が近づいている。転移したとはいえ、やはりそこまで遠くへは行っていない。魔力の消耗も激しく、片手が切り落とされている。アイラとて、平静ではいられない。
(短期決戦だ。速攻で終わらせるぞ)
(ディーク、今のところ記憶に支障は?)
(ない。大丈夫だ)
(ないってことはないと思うけど。でも、次の召喚では来るだろうね。ディークは耐えられるかな、大事な記憶がなくなるあの感覚に)
ケタケタと笑う精霊は、無邪気な子供のようにはしゃいでいる。それに怒りもしないディークはただ冷淡な瞳で森を先を見つめている。
(元から知っていることだ。覚悟はできている。そのためにも日記を残しているし、きっと大丈夫だ)
(力の代償はそんなに甘くないよぉ? プクク)
(だとしても、やる以外の道はないんだ。俺には)
ディークの覚悟を感じ取った精霊は、それ以上何かを言うことはなく、ただ楽しげに微笑みを浮かべていた。
「アイラさん、なぜこんなことを……」
「うるさい。お前さえいなければ、全て私の思い通りになったのに!」
鬱蒼と茂る森の中、拾った腕をくっつけたアイラは痛みに苦しみながら恨言を呟く。腕のつなぎ目が火傷の跡のように罅割れているが、手の動作を確認したアイラはセレを連れ森を歩く。
「なんでこんな目に……せっかくこの世界の、ヒロインになれたの……」
「今からでも遅くない! ちゃんと謝ればディーク様やみんなだって──」
「うるさい!」
アイラの平手がセレの頬を打つ。セレの髪が乱れ、頬が赤く腫れる。
「お前は愛称で呼べるのに、なんで私はダメなのよ! お前が憎くて王子を奪ってやったのに、なんでお前は不幸にならない!」
再びアイラの平手が舞う。何度も打たれるセレの顔は腫れ上がり、口の端から血を垂らしている。それでも、セレの心が折れることはなく、真摯にアイラを見つめている。
「まあいい。ディークレオスの前でお前を殺して、弱った心を取り込んでやる。私の力があれば、誰だって言うことを聞くんだ」
「……その力は何なの?」
ふと生まれた疑問を、セレは思わず言葉にしていた。
食堂で見せた謎の力。王族ですら従わせる言霊。魔法とは違う、明らかにおかしな力。その正体が気になったセレに、アイラは下卑た笑みを浮かべながら口を開く。
「私はこの世界を創った神なの。この世界のものはなんだって私の思い通り。お前たちが逆らえるはずもないでしょう」
力の全能感に酔いしれるアイラは、愉快で堪らないのか力を見せびらかす。
「木よ。セレスティアを拘束せよ」
アイラがそう言うと、近くの木から蔓が伸びぐるぐるとセレに巻きつき拘束する。両腕が締め上げられ、そのまま木の蔓に持ち上げられる。
「すごいでしょ? この世界は私の意のままに操れるの」
「いっ……!?」
アイラは続けながら蔓の締め付けを強くしていく。セレの右腕を丸っと包み込んだ蔓はギリギリとセレの腕を握り込み、腕からミシミシと不快な音が鳴る。
──グシャ、ゴキリ。潰れる音と砕ける音が同時に起こる。
「ああああああっ!?」
セレの絶叫が森に木霊し、それを見たアイラは愉快そうに高笑いする。二人の声が森のざわめきをかき消し、蔓から解放されたセレは受け身も取れずに地に落ちた。
「うぅ……」
潰された右腕は赤黒く血に汚れ、指の方はもはや原型を留めていないほどにひしゃげている。肘からは骨がはみ出し、グロテスクな様相を引き立てている。
「いいザマ。苦しみながら殺してあげる。ディークレオスにも追いつかれるみたいだし」
アイラはセレから視線を外し学院のある方向を見つめる。森はかなり深く、馬に乗りながらでは来られないほど鬱蒼としている。
「視界が悪いから、ここら一帯焼き払っちゃおうかな」
ちょっとでかけようかしら。とでも言うかのように軽く言ってのけたアイラは使役する精霊の力を使って極大の炎を呼び出す。荒波のように森を焼き滅ぼしていく精霊の魔法は、たちまち四方、百メートル強を焼け野原へと変えた。




