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断罪の反転(後)

「あなたの部屋で見つけた文書の複製ですよ。そこには、街での襲撃事件や魔物出現のことまで詳細に書かれている。おまけに未来の出来事まで鮮明に。国家を揺るがしかねない事態ですよ、兄さん」

「普通の女の子の、妄想だろう……」

「これがただの町娘が抱く幻想であれば僕だって何も言いません。ですが、精霊に愛された、いや、精霊の血を引いた彼女であれば、話は変わってきます」

 誰も知らない情報をホルムが暴露したことで食堂内に異質な空気が流れる。

「どこでそれを……」

「あなたが入学してくる時に調べさせていただきましたよ」

 明らかに動揺しているアイラに、追い討ちをかけるようにホルムは続ける。

「あなたは街で襲われることを知っていた。それなのに無理やりディークレオス様を連れ出し危険に晒した。もはや弁明の余地はない」

「そんな……私は、ディークレオス様と逢瀬を……」

「俺の婚約者はセレだ」

「なんで……」

「アイラ?」

「なんで、なんで、なんで!?」

 わなわなと肩を震わせるアイラの絶叫が響き渡り、全員が息を呑み食堂はシンと静まり返る。隣でアイラを心配していたウィルも突然の出来事に言葉を失っている。だが、そんな周りのことなど気にしていないアイラの絶叫は続く。

「私はヒロインなのに! 世界は私を中心に回っているはずでしょう!? どうしてディークレオスは私の思い通りにならないの!」

 赤く充血した目がディークの姿を正面に捉える。思い通りにならない不快感と嫉妬心からアイラの顔に影が差す。

「この女さえいなければ、私が一番だったのに!」

「おい──!」

「きゃっ!?」

 アイラは近くにいたセレを引き寄せ、首筋を鷲掴みにする。左腕と首を押さえられたセレはその手を振り解こうとするが、

「動くな」

「アイラ……? 何を、」

「近寄るな! 全員跪け!!」

 セレを人質に取ったアイラは、心配の目を向けるウィルすらも拒絶し、完全に正体を現した。

 アイラの命令に、誰もが逆らえずその場に傅いた。何が起こっているのかわからないという顔の者がほとんどで、食堂にいた人々は謎の力によって跪いた。

「この世界は私が作っているの。こんな結末は許さない! 物語の結末は私が決める!」

「アイラァ!」

「なん──っ!?」

 突如。食堂に一条の光が瞬いた。

 顔面にピンポイントで飛んできた光をアイラは間一髪頭を屈め回避する。アイラの背後に雷魔法が炸裂し、壁に、ビシっ! と亀裂が走った。

「何で動けるの!?」

 セレを盾にするアイラは驚愕を隠せずに叫ぶ。誰もがアイラに跪く中、ディークだけは毅然とした様子で立っていた。魔法をアイラに見舞い、次弾を既に構えている。

「セレを離せ」

「ふっ、私が有利な状況は変わらないのよ! もうあなたはいらない。私の物語りにディークレオスの存在はいらない!」

「くっ……」

 アイラの周囲に精霊の存在がチラつき無数の魔法がディークを襲う。迎撃するディークだが、呪いによる消耗は激しく息が切れ始める。

「どうしたの? ウィルと戦った時みたいな余裕がないじゃない!」

(こうも一方的にやられてはな。セレが人質にいる以上迂闊に手を出せない……)

「ディーク様! 私のことは気にしないでください!」

 アイラの挑発を無視するディークだが、セレの言葉に従うわけにもいかず防戦を強いられる。

「この世界で私に勝てる奴はいない! たとえ魔物だろうと、悪魔だろうと!」

 アイラの攻撃が一層苛烈さを増し、ディークの体に傷が刻まれる。それを見守る生徒たちは流れ弾に怯えながら冷や汗を流す。

(頼りたくはなかったが……)

 動悸を抑えるディークは魔法を放ちながら、己の内に眠る存在へと語りかける。

(起きろ。仕事の時間だ……)

(僕に頼るほどの強敵が現れたのぉ? あぁ、君、呪いで弱ってるんだったっけぇ?)

(時間がない、早くしろ)

(せっかちだなぁ。くく……)

 誰にも感知されない心の内、ディークに声をかけられたそれは胸のあたりから黒い靄となって顕現した。

「な、何よそれ……」

「精霊だ」

 突如怪しい霧に包まれたディークを警戒したアイラの動きが止まる。

 だが、精霊の姿を見える者は僅かであり、何故アイラが止まったのかと不思議そうに見つめている。

『初めましてぇ、僕は闇精霊だよぉ。名前はまだないぃ』

「闇精霊……?」

 自己紹介をする闇精霊はアイラをまっすぐ見つめ余裕綽々と笑みを浮かべる。霧が形を持ち、やがて小さな人の形をとる。

 小さく生えた翅。細く短い手足。端正な顔立ちは人間の領域を外れて美しい。横に尖った耳を時折ピクリと動かし、精霊は小さくも威厳を感じさせる声を発する。

『君が噂の……精霊の子ねぇ。血だけのように見えるけど……ねぇ、その周りの子たちは本当に君を好いているのかな?』

 温度が感じられない据わった目でアイラを捉える精霊は、全く怒気を感じさせない声音をアイラにぶつける。だが、その静けさが逆に空恐ろしくアイラは咄嗟に攻撃態勢に入る。

「調子に乗るな! 精霊一匹で何ができる! お前も、私にひれ伏せ!」

 アイラが命令する。アイラの周囲にいる精霊は謎の力によって服従させられている。それと同じように、精霊という存在はアイラの命令に逆らえない。だが、

『僕にその力は通用しないよ』

 嘲笑う精霊はその場でくるりと回って見せる。他の精霊のようになることはなく、自我を保ちアイラをおちょくっている。

「何で……あんたたちは私の思い通りにならないのよ!」

 キレたアイラの魔法が炸裂する。無動作から放たれた火球は精霊を正面に捕まえ、空気を燃やしながら爆進する。しかし、片手を薙いだ精霊によっていとも簡単に消し去られてしまった。

『浅いねぇ。君の力はディークに遠く及ばない』

「く……」

 悔しそうに唇を噛みしめるアイラは忌々しそうに精霊を睨みつける。だが、精霊の背後で顔色を悪くするディークが視界に入り怪訝な顔をする。

「なるほどね……力の代償があるんだ。私の力には代償なんてないけどね!」

 ニヤリと、勝算を見出したアイラは不敵に笑い、攻撃を再開する。魔法による数の暴力は精霊の力を持ってしても苦戦を強いられる。

(ディーク、ちょっとキツイと思うけど耐えてねぇ

(こんな苦しみ、セレを失ったあの日に比べればなんてことない。遠慮なく俺の魔力を持っていけ)

(やっぱりディークは男前だなぁ……)

 逆境に立とうと余裕の笑みと態度を崩さない精霊は、自身と繋がっているディークの魔力をエネルギーとして魔法を発動する。呪いによって体力の消耗が激しくなっているディークは辛そうに呻くが、決して意識を手放すことなく戦況を見守っている。

(これはディークの方が保たないかな……一発でかいの撃ち込んで終わらせるよ)

(なら、俺が隙を作ろう……)

 片膝をっき精霊の背後で守られていたディークは徐に立ち上がり抜剣する。

「魔法は使えずとも、俺には剣がある」

 気丈に構えたディークは、魔法が乱発する精霊とアイラの間を駆け抜ける。ディークの接近を阻むようにアイラが矢の魔法を操るが、ディークは見事な剣捌きでもってそれを往なしアイラへと肉迫する。

 精霊が援護する必要などなく、ディークは時間稼ぎとしての仕事を全うする。

「くぅ……精霊!」

『ディーク、まずい! 左だ!』

 アイラの声と精霊の警告が同時にディークの耳に届いた。その直後、ディークの体が何かに突き飛ばされたように右へと傾いた。それまで姿を眩ませていた精霊の一匹が魔法ではなく体当たりをディークへと見舞ったのだ。

「チェックメイ──」

『ディーク、よくやった』

 アイラの手がディークの首へと伸びる。だが、その手が触れられることはなく、高速で飛来した真空の刃によって手首より先が切断され、音を立てて落下した。

「あああああああああああああっっ!!??」

 直後、アイラの絶叫が食堂中の端から端へと響き渡った。手首の断面は綺麗に切断されており血がダラダラと流れている。

「ディークレオスゥゥウッ!」

 憎しみの篭った目でディークと精霊を睨みつけるアイラは、失った手を口に咥えながらセレの腕を掴む。

『待て──』

「同じ手は食らわないっ!」

 アイラの手首を落とした魔法と同じ、第二の刃が襲うが、アイラはそれを魔法で相殺する。そして、

「お前たちは絶望の淵で残酷に殺してやるっ!」

 憎悪に呑まれたアイラはセレを掴んだまま食堂から姿を消す。

「待てっ!」

 即座に体勢を立て直していたディークだったが、その手が届くことはなくセレはアイラと共に何処かへと──

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