断罪の反転(前)
「ちょっと待て!!」
食堂の入り口から声が響き、タンと空気が引き締まった。声の方を全員が振り返ると、ディークとホルムがウィルを睨みつけていた。自然と、入り口からウィルたちのいる場所まで道のように人混みが割れる。
「ディークレオス殿。何か用か?」
「そこにいるセレは俺の婚約者だ。勝手は許さん」
「勝手も何も、セレスティアはアイラだけでなくここにいる生徒たちの命も巻き込んだ大罪人だ。この国の法で裁かれ、然るべき処分を受ける必要がある」
「証拠はあるのか?」
「ここにいる男がそうだ。セレスティアからの指示で犯行に及んだ。自白も済んである」
ウィルは傍にいる男を指し示し見せつけるようにしてディークを睨みつける。その表情にはどこか勝ち誇ったような気が見える。
「残念だが、その男は実行犯じゃない。俺の推測だが、その男を捕まえたのはアイラじゃないか?」
「そうだが、何か問題でもあるか? アイラは精霊の力を借りてこの男を見つけたんだ。精霊が嘘をつくはずがない。これ以上の証拠があるか」
余裕な態度を見せるディークを不気味に思ったウィルは、早口で証拠の有用性を説く。
「セレは最近俺の監視下にあった。そんなことしていないと俺が証明しよう」
「それが保証になるものか! これ以上首を突っ込もうものなら国際問題に発展しかねないぞ!」
「それこそ、セレは俺の婚約者であるのだから、国際問題を避けるためにもそんなことはさせない。未然に防いでいたとも。俺の婚約者を罪人に仕立て上げるのはやめてもらおう」
「仕立て上げるなど……そんなことをする理由がない!」
「お前になくとも、後ろの奴にはあるんじゃないか?」
ディークはウィルの背後にいるアイラを蒼い瞳に映す。白羽の矢が立ったアイラは戸惑うことなく冷静にディークの視線を受け止めた。
「私にも、そんなことをする理由がないです。信じてください、ディークレオス様」
「アイラは慈悲深く優しい女性だ。そんなことするはずないだろう!」
「それはお前の主観だろう。裏では何を考えているかわからないぞ」
嫌な笑みを浮かべ相好を崩さないディークに、ウィルはアイラを必死に庇う。
「だというのなら、そちらは証拠を押さえているのか!?」
「それについては、僕の方から説明させていただきますよ。兄さん」
「ホルム……」
それまで隣で黙っていたホルムが一歩前に出る。優秀で腹黒い弟の存在にウィルは嫌悪感剥き出しの表情をする。そんな兄の反応を気にした様子もないホルムは、従者に何やら指示を出した。
「実行犯。実行したという証拠。供述以上の物的証拠を用意しています。それを今からお持ちしますので、それを見ていただければすぐにでも、納得いただけると思いますよ」
性格の悪さが滲み出るような笑みを浮かべるホルムは、たじろぐ兄の姿を満足そうに見つめている。程なくして、従者が一枚の紙と一つの宝石。そして一人の人物を連れてくる。
「ここにありますのは、召喚石とその指示書。そして、本当の実行犯である男です。そちらに縛られている方は、洗脳でもされているんじゃないですか?」
「洗脳なんてするはずないだろ!」
嘲笑うホルムに対しウィルは声を荒げて抗議する。後ろに控えているアイラを庇い、
他の取り巻きたちもウィルに乗っかり意見する。だが、
「無実の民に濡れ衣を着せた。そうまでして何か得たい物でもあるんですか? アイラ・リューシェンカーさん?」
ホルムは丁寧な口調で、しかし声には確かな敵意が感じられた。試すような、射殺すかのような視線に、アイラは全く動揺しない。ただ淡々と、優等生の仮面を剥がさずに、
「私は何もしていません。この人が犯人だと仰ったので捕らえさせて頂いただけです。それなのに……うぅ」
品を作るアイラは、萎れた花のような儚さを演出してウィルに寄りかかる。
「これ以上アイラを傷つけるような発言は許さないぞ!」
ウィルは今にも掴みかからんといった剣幕でホルムを指差す。怒気を孕んだウィルの魔力が空気を震わせ、一触即発となる。ただの脅しではなさそうなウィルに対し、ホルムは冷静に対処する。ホルムの隣には一度ウィルに勝利している最強の男がいるのだ。
「兄さんは僕よりも強い。だけど、僕の方が賢い。どちらが王に相応しいか、強いだけの力に驕っている兄さんにはわからないだろうね」
「兄に向かって、いい度胸だな……」
青筋を浮かべるウィルだったが、ホルムの隣で臨戦態勢に入るディークを見て踏みとどまった。
いつ爆発するかわからない空気の中で、周囲の生徒は恟々とする。誰もが逃げ出したいと思っているが、入り口をディークたちが塞いでいるため叶わない。
「アイラ。あなたを不敬罪で逮捕する」
「なっ!? ホルム! お前に慈悲の心はないのか!? たったこれだけのことで──」
「兄さんは何もわかっていない!」
「……何を言っている」
「公爵令嬢への無礼、王家への無礼。そして何より! ここに居られる皇子への無礼! ただの不敬罪で許される程なく軽いことではない!」
鋭い剣幕で怒鳴るホルムに、ウィルは力ではない圧力を感じた白いだ。
「私はそんなこと……ただ皆さんと仲良くなりたくて」
「綺麗事はいい。あなたの腹が真っ黒だということはもう調べが付いている」
ホルムは言いながら、ポケットからあの紙を取り出した。それをウィルへと投げつけ、
読めと目線で告げる。そろそろと紙を拾ったウィルの横からアイラが覗き込み、一瞬で顔色を変えた。
「これ──」




