呪いに蝕まれ
野外演習から早くも二週間が経とうとしていた。ディークは体の不調をなんとかしなければと思いながら、日に日に弱っていく体を心配していた。
授業終わりの放課後は決まって部屋に篭るようになり、今までよりもセレに構いに行けないことを悲しんでいる。
(これが呪いか……)
以前よりも魔法使用後の疲労が顕著になったディークは、呪いを消す方法を探していた。この国に呪いを浄化できる人間はおらず、帝国にもいない。浄化する方法は確立されていない。
「坊ちゃん、来客です」
自室のソファに転がっていたディークは、フレットの声に返しながら体を起こす。軽くみなりを整えると、フレットが開けた扉からホルムが顔を覗かせた。
「お久しぶりです。ディークレオス様」
「なんの用だ?」
「先日の事件のお見舞いに」
「見舞いなら必要ないぞ。傷は一つもないからな」
気丈に振る舞ってみせるディークは腕を広げて健康をアピールする。冗談めかしているディークに微笑みを浮かべるホルムは、ディークの異変に気づいていない。
「まあ座れ。立ち話ではないんだろう?」
「はい。失礼します」
ディークが招くとホルムはディークの対面に腰を下ろした。当たり前のようにお茶を入れるフレットに礼を言いながら、ホルムは早速と本題に移る。
「アイラの始末についてですが、ディークレオス様にも手伝っていただきたく、お願いに上がりました」
「……他国の俺に、干渉しろと?」
「もちろんただでとは言いません。ディークレオス様が納得できるだけの対価をお支払い致します」
「お前がそこまで固執する理由はなんだ? アイラがいようとお前ならこの国のトップを取れるはずだ。アイラと真っ向から戦う必要だってない。手段を選ばないのであれば、頭の回るお前なら──」
一息で言葉を続けたディークは、普段よりも冷静さを失っているようなホルムを見て口を閉ざした。
見つめられたホルムは、「信じてもらえるかわかりませんが……」と前置きをしてから話し始める。
「アイラ・リューシェンカーは、未来を見ています」
「未来?」
「はい。奴の身辺を調査した時に見つけた書類の、一部です。複写ですが、正確に写してありますので」
ホルムは制服の胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出すと、ディークの前に広げる。ティーカップを避けたディークはホルムの紙を覗き込む。
「──これは」
「奴が知っているはずのない情報まで書かれています。まるで本当に見ているかのように正確な描写。これが小娘の妄想だとは、到底思えません」
恐怖を抱いているような表情のホルムの言葉を聞きながら、ディークも渋い表情を浮かべる。
(これは、まずいことになったな……)
ホルムが気づいていない、知らないことをディークは知っている。この世界について、ディークだけが知り得ることがある。
(物語の世界を知る、俺以外の転生者の可能性……)
ホルムの持ってきた紙には、物語の内容が詳細に書かれていた。過去や未来の描写が正確なのは当たり前のことだろう。ディークと同じような転生者であるのなら、知っていてもおかしくない。
(まあ、本当に未来が見えるだけの可能性もあるが)
「協力しよう。出来る限りのことはする」
「ありがとうございます」
事態の深刻さを鑑みたディークはホルムの提案を受け入れた。青玉の瞳は温度を持たずに予言の紙を見つめている。
(もしアイラが──)
「坊ちゃん、食堂が騒がしいみたいですよ」
思考を遮るフレットの言葉に、ディークは反射的に立ち上がると、ホルムを一瞥してから「早速だ」と呆れるように呟いた。
何事かと思うホルムだったが説明を求めることはせず、二人の様子から察して共に立ち上がる。
「ああ、ホルム様。今お呼びしようと──」
「大丈夫だ。食堂だろう?」
「え、ええ」
三人が部屋を出ると、ちょうどホルムの従者がノックしようというタイミングだった。ホルムは従者を片手で制すると、スタスタと行ってしまう二人についていく。
「お嬢さんにつけてた虫から信号がありました。どうやら、また王子様がやらかしているみたいですよ」
「はぁ、懲りないな。婚約破棄をしたのだから構わなければいいだろうに」
呆れ果てたディークはため息を吐きながら学食へと足を向ける。




