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作戦前夜

「ディークレオス様、少しよろしいでしょうか?」

 野外演習が行われる前日。ディークの部屋をホルムが訪れた。気心のしれた友人にでも会うかのような軽快さで、しかし礼儀は欠いていない。とっつきやすい雰囲気を出すホルムに、ディークは逆に警戒心を露わにする。

「なんだ。嫌な笑みを浮かべて」

「ディークレオス様に大切なお話がありまして」

「……そうか。座れ」

「はい。失礼します」

 どうするか逡巡したディークは一拍置いてからホルムを招き入れた。ディークの対面に腰掛けたホルムに、フレットは黙ってお茶を入れる。

「魔法祭お疲れ様でした。素晴らしいご活躍でしたね」

「どうも」

「ディークレオス様はかなり余裕がお有りでしたよね?」

「……まあな」

「ふふふ。兄の面目を潰さないように勝つだけの余裕があるんですから」

「それで、今日は何の用だ? 世辞を言いにきたわけじゃないだろう?」

 つまらそうに答えるディークは、さっさと本題を話せと促す。

「お礼を言いにきたのは事実ですよ。まずは、兄の婚約破棄が成功したことへの」

「俺は何もしていない」

「そうですね。ですが、計画を邪魔しないでもらえたことには感謝しています」

「ふん」

 恭しいホルムにディークは嫌悪を示す。

(どうせまた悪巧みの話だろう。腹を割って話す気もないくせに)

「ディークレオス様にはセレスティアさんのことを守っていただきたいんです」

「言われなくても分かってる」

「セレスティアさんの無実が証明されれば、兄の勢力も衰退するでしょうから」

 利害関係の一致から発生した同盟は未だに続いている。ホルムは第一王子であるウィルを失脚させるために暗躍している。その駒として利用されているディークは、少々不満を感じながらもホルムとの同盟に協力している。

「アイラ・リューシェンカーのことを、どう思いますか?」

 ホルムは突然そんなことを尋ねた。一瞬、怪訝な目を向けるディークだったが、すぐに口を開く。

「気に食わないな」

「気に食わない?」

「目的が分からない。男共を侍らせながら俺にもアピールをしてきた。それに、腹に何か抱えているような、そんな顔をしている」

「そうですか……」

 ディークの返答を聞いたホルムは少しだけ考える仕草を見せる。それに構うことなくディークはお茶を飲みながら次の言葉を待つ。

「魔法祭の出来事を覚えていますか?」

「アイラとセレの戦いか?」

「はい」

「覚えている。“セレの放った魔法をアイラが無理やり曲げた“ことだろう?」

「やはりディークレオス様にも見えていましたか」

 ホルムは納得した表情で肯く。

 魔法祭での最後の一撃。セレが放った魔法は、セレが自身で外したのではなく、アイラによって無理やり方向を変えられた。誰も反応できないタイミングだった。アイラは視界を塞がれ、観客たちには手が出せない。ディークも手出しをしていない。そして、セレも限界だった。

(何か、物語以外で見落としがあるか……それともアイラの能力を把握し切れていないだけか)

「ディークレオス様。僕はアイラを始末しようと思います」

「は?」

 突拍子もないホルムの申し出にディークは驚いた。

「精霊に愛され、とてつもない力を持っている人間に兄が執着している。それどころかディークレオス様までも狙っている。目的が分からないのもそうですが、兄が力を付けることだけは避けたいのです」

 一息に説明してしまうホルムはディークの反応を伺っている。だが、ディークは反対しない。そこまでアイラと親しい仲ではない。一度助けたのも、損得感情からであり、不利益が及ばないのであれば、アイラを擁護する理由がディークにはない。

「別にいいが、俺とセレに不利益が生じるようなことはするなよ?」

「もちろんです」

 ディークからの信頼のためか、ホルムは自信満々に答えた。

「どうやってアイラを始末するんだ?」

「それはまだ。アイラの能力が測り切れていないので、迂闊には手を出せません」

「だろうな」

「ですので、今日はその報告だけ。また計画が決まったら来ます。その時は、ディークレオス様の力を借りるかもしれません」

 爽やかな笑みを浮かべるホルムだったが、その腹の内はどす黒く染まっている。

(どうせ俺が断れない状況を作ってくるんだろう。性格の悪い奴だ)

 カチャリとティーカップを置く音が小さく鳴った。ホルムは出されたお茶を空にすると、花のような香りを引きながらディークの元を去る。

「ディークレオス様。アイラのことで何かあれば、情報共有しましょう。あれは、生かしておいて良い存在じゃない」

「精霊に愛されているんだろう? 精霊を敵に回すかもしれないぞ?」

「だとしてもです」

「……ふ」

「では、失礼します」

 精霊を敵にするよりも、アイラ自身が生きていた方が厄介だと、ホルムは言外でそう言った。ディークも勘付き始めている違和感が、アイラにはある。

 ディークのティーカップの底には、一滴も残っておらず、部屋に上ったお茶の香りだけが感じられる。ディークは嫌な予感がして、ホルムの出て行った扉をじっと見つめていた。


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