予兆
魔法祭から一週間が過ぎた。学院内は至って平穏。今まで通りの空気が流れて……とはならなかった。
セレと王子様の婚約破棄、という話は当たり前のように広まり、院内の空気は一変した。セレは一層孤独が目立つようになった。
王子様が直接圧力をかけているわけではないが、そういった空気が流れているのも事実。公爵家と王家。どちらを支持するかと問われれば、大半は王家につく。
セレは嫉妬により平民の少女を虐め、王子様をかけた勝負に敗北し、婚約者としての立場を失った。という肩書を背負うことになった。
(順序は違えど、物語通りになっている。魔法祭なんてものは物語になかったが、婚約破棄が言い渡されたということは、時期的に考えても……)
中庭でセレと共に昼食を楽しんでいたディークは、なんともなさそうにしているセレの端正な顔を眺める。
「ど、どうしました?」
「いや。綺麗だと思っただけだ」
「……ありがとうございます」
少し照れ気味に目を逸らしたセレは、フレットが作ってきた昼食に手を伸ばす。考えるディークも、気分転換に水で口を濡らす。
(婚約破棄を言い渡されたセレは、嫉妬から魔物を召喚しアイラを襲う。それを救う王子。そして、魔物を召喚した罪でセレは処刑される……)
ディークは物語の内容を思い出しながらセレを見つめる。心配に思いながら。
「セレ。一つ聞いていいか?」
「はい?」
食事の手を止めたセレは、翡翠色の瞳にディークの姿を反射させる。
「今も、アイラを恨んでいるか? 妬んでいるか?」
「……」
いきなり踏み込んだ質問をするディークに、セレは真意を確かめるように、見つめられたディークの目を見つめ返す。
「もう、諦めましたよ。いつまでも未練がましくするのは、淑女らしくないので」
セレは憑物の取れたような、晴れた表情で告げる。少しの寂しさは感じれど、そこに憎悪の感情は見られない。
(俺の監視下に置いておけば、セレが魔物を呼び寄せるなんてことはないだろうが)
ディークは懸念される未来を想像して気を引き締める。たとえセレが魔物を呼び寄せなかったとしても、この世界が物語通りに進むのであれば魔物は召喚される可能性が高い。
(濡れ衣を着せられる可能性もあるのか……)
セレを取り巻く環境は決して穏やかなものではない。アイラを虐めた主犯格として吊し上げられ、王子様と対立したように見られている。これから先の未来でアイラの身に危機が訪れれば真っ先に疑われる。金も地位もあるが故に、セレは犯行に及ぶことが容易である。自ら手を下すことも、誰かを動かすこともできてしまう。
「今度の野外演習、サボらないか?」
「どうしてですか?」
「……嫌な予感がするんだ」
「ダメですよ。貴族としての務めを果たすために大切な授業です。サボるなんて、将来の領民に顔向けできませんよ」
セレは「ふふ」と優しげな微笑みを浮かべながらディークに返す。神妙な面持ちのディークは、説得を諦める。
(俺が守ってやればいいだけの話だ)
ディークはセレとの談笑に興じながら、物語を詳細に思い出していた。
野外演習は、はっきり言ってしまえば遠足のようなもので、危険とはかけ離れた授業である。魔物が出ることもなく、学院の近くにある砦に半日かけて歩いていくだけの安全なものだ。
(物語ではアイラと取り巻き一行によって魔物が倒される。第一王子が事件の真相を突き止め、セレは処刑される。まあ、事件が起こると決まったわけではないし、大丈夫だ。二度と、セレを殺させはしない)
ディークにとってのターニングポイント。前世で命を絶ってから十八年。正念場がやってくる。
命を賭してでも助けたいと思っていた少女は、まだ目の前で息をしている。何事もないかのような平気な顔をして、強く生きている。
「セレは、俺が守る」
「どうしたんですか? 急に」
「ただの決意表明だ。気にするな」
ディークは勝気な笑みを浮かべて答えた。
たとえどんな困難が訪れようと、ディークにはセレを守り切る自信がある。そのためにこの十八年間を生きてきた。必死に鍛え、最強を目指してきた。
(できるだけのことをしよう。何事もないのが一番だがな)




