セレVSアイラ(後編)
「ウィル王子のためにも、私が勝ちます!」
「婚約者である私を差し置いて、そんなこと許されるはずありません!」
怒るアイラは、精霊と共に魔法を発動しセレを追い詰めていく。初めよりも一層苛烈な攻撃に、セレは逃げることしかできない。
「私にも、矜恃というものがあるんですよ」
冷静にアイラの攻撃を躱し続けるセレは、動きながらアイラの隙を窺う。そして、
「闇より出る――」
「何度やっても同じです!」
またしても並行詠唱をするセレに、アイラと聖霊が魔法を浴びせる。
「おいおい、動きながら、しかも躱しながら並行詠唱だと!? 一体どれだけ鍛錬すれば身につくんだ!?」
「すげえ、これが公爵令嬢……」
観客たちの視線がセレに集まる。額に玉のような汗を浮かべるセレは、魔法を紡ぎながら懸命にアイラの魔法を迎撃していく。そんなセレにジリジリと焦り出すアイラは、攻撃に精細さを欠く。
「当たれ、当たれ!」
アイラの苛立ちが精霊たちに伝わったのか、精霊たちの攻撃にも粗が出始める。
「――深淵に飲まれよ。フィンスターニス!」
セレの魔法が発動し、漆黒の靄がアイラに向かって放たれた。靄から逃げるアイラは、靄を迎撃するが、セレはその悉くを躱し、アイラは闇に飲み込まれた。
「あああっ!?」
「これで、トドメです!」
視界が闇に塞がれたアイラは、動揺しながらあちこちに魔法を放つ。我武者羅な攻撃を躱すセレは、闇の魔法が続く間に、次なる魔法の詠唱を完成させてしまう。
「――空を裂き大地に轟け! 雷槍!」
長い詠唱。ディークへと放った一撃を、アイラへと放つ。
「こんなところで、負けられないの! 精霊!」
「なっ!?」
闇に囚われていたアイラは、無理やりセレの魔法を打ち破ると、精霊の力を使って全力の魔法を行使する。
「曲がれ……」
アイラが呟くと、セレの放った雷槍は上空へと打ち上げられた。驚愕するセレを無視して、アイラは精霊と共に魔法を放つ。
「はぁ、はぁ……もう、魔力が……」
最後の一撃に勝負をかけていたセレは、その場から動くことができないでいた。
「負け……たくない」
「精霊魔法。ローエンプファイル!」
アイラの周囲に無数の火矢が顕現する。合計で十本になる火矢は、セレ目掛けて真っ直ぐ飛来する。セレにこの攻撃を防ぐ手段はなく、審判による制止の声がかかる。だが、
「え……!?」
アイラの魔法は止まることなくセレに襲い掛かった。
セレへと猛襲する火矢は炸裂と共に爆煙を上げ、その姿を隠してしまう。誰もがセレの死を確信した。高威力の魔法を撃った反動でセレは動くことができなかった。
会場が静寂に包まれる中、アイラは冷淡な表情で爆煙の中を見つめていた。
「アイラ。リューシェンカー。審判の声が聞こえなかったのか?」
「……ディークレオス様」
風が巻き起こり、爆煙が一気に晴れる。煙の中から姿を現したディークはセレを庇うように立ち、アイラを睨みつけていた。
「審判。今の勝負、アイラの反則負けでいいな?」
「え、ええ」
ディークはアイラから視線を外し、審判を睨む。脅されたような反応を見せる審判は、動揺しながらも頷いた。
「ちょっと待て!」
会場中の誰もが納得している中、一人の人物が観客席から飛び出してくる。アイラの横に並び立った長身の優男、王子様はアイラを守るようにしてセレを指差す。
「先に致命の一撃を放ったのはセレスティアであろう! なぜアイラだけが悪者のように扱われなければならない!」
「セレは魔法の制御を手放していなかった。だから当てないで逸らしたのだろう」
「そんなことは結果論に過ぎない! もし当たっていれば怪我をしていたのはアイラの方だ!」
王子様は怒りを露わに、反論するディークと口論する。それを見守る審判はどちらの意を汲むかで迷っている。
「ならば、どちらも敗北ということで手を打とう。それでいいな? セレ」
「……はい」
一瞬戸惑ったセレは、すぐにディークの提案を飲み込んだ。しかし、悔しげに唇を噛み締めている。
「それでは、俺はセレを医務室に連れて行く。お前はアイラについているんだろう? 俺たちの戦いが事実上の決勝戦だ。少しくらい待たせてもいいだろう?」
ディークは観客席へと問いかけ、返答を聞くこともせずにさっさと退場してしまう。セレを抱え出て行くディークを一睨みした王子様は「約束は守ってもらうぞ」と吐き捨てるように言い残し、同じようにアイラを連れて訓練場を後にした。。
「セレ。よく戦った」
「デ、ディーク様。自分で歩けます」
横抱きにされたセレは照れながらディークの腕の中で身動ぎする。
「暴れるな」
ディークはセレの要望を無視して廊下を行く。物静かな院内に人の影はなく、静寂を切り裂くディークの靴音だけが心地よく響く。
ディークの説得を諦めたセレは大人しく腕の中でじっとしている。
「セレが無事でよかった。間に合って、本当によかった」
「助けていただきありがとうございました」
医務室へと連れてこられたセレはベッドに下された。ディークはセレの手を握り、紳士のような瞳で真っ直ぐ見つめている。
「ゆっくり休め。あの王子には俺がわからせてやる」
「あまり、殿下を苛めてはダメですよ」
「分かっている。恥をかかせない程度にいい試合をするつもりだ」
真剣な顔で言うディークに、セレは笑みが溢れる。これまでディークと共に過ごしてきたセレは、ディークの実力をしっかりと把握している。ディークが負けることなどあり得ないために、王子様の身を案じる。
「傷はないようだな」
「ディーク様が、守ってくださいましたから」
「将来の嫁だ。俺が守らないでどうする」
「そうですね……これで、ウィル殿下との婚約は破棄されてしまいました。ですが、すぐに鞍替えするほど、私は軽い女じゃないですよ?」
「知っている。だからこそ、心の底から、俺に心酔させてやる。どれだけ時間がかかってもな」
ディークは言いながら、セレの手の甲に口づけをする。
「今はこれで我慢しておこう」
ディークであれば、セレのどこだろうと奪えるはずだった。だが、力で奪ったのでは意味がない。セレが自身に惚れまでの我慢だと、ディークは自分に言い聞かせる。
(しかし婚約破棄が公になれば、セレを狙う人間も多数出てくるだろう。今のうちに印をつけておいた方がいいかもな……)
「ディーク様? どうかされました?」
耽るディークの顔をセレが覗き込む。
「これをセレに預ける」
ディークは自分の首からペンダントを外し、それをセレの首にかけてやる。金色の細かいチェーンにぶら下がるペンダントトップには帝国の紋章が刻まれている。
「もし、俺以外の男と結婚するようなことになった時は俺に返しに来い。それまでは、肌身離さず持っておけ」
「これ、帝国の紋章が……」
「予約のようなものだ。それがあれば、大抵の虫は追い払える」
ペンダントの、質量以上の重みに戸惑うセレを揶揄うような表情で見つめるディークは、ペンダントに手をかけながら「俺からの贈り物は受け取れないか?」と試すようにセレの瞳を射止める。
「皇子の頼みであれば、断れませんね」
「ふーん……。なら、俺からのプレゼントだと言ったら? 皇子としてではなく、一人の男として」
「……ず、ずるいですよ。ディーク様が皇子であることに変わりはないんですから」
「はは。ずるい、か。なら、セレも同じだろう。先に俺が皇子であると言ったのはセレだ」
「そう、ですね」
ディークに距離を詰められたセレは苦笑いを浮かべる。どうすればセレを照れさせられるだろうかと考えるディークだったが、まだ早計かと、身を引いた。
「俺はもう戻る」
先程までの熱烈なアピールから一転、ディークは素っ気なく言い残してセレの元を離れる。
自身から視線を逸らしたディークの横顔がなんだか物寂しそうに見え、セレは呼び止めようと手を伸ばしかけるが、声は形にならず、ディークは医務室から姿を消してしまう。
「ディーク様、すみません……」
ディークの真摯な好意には気づいている。皇子という立場を利用すればいつだって自身を手に入れることだってできる。だがディークはそれをしない。なによりもセレの気持ちを優先しているから。邪魔なものは排除すれど、セレ自身へは絶対に踏み込み過ぎない。
だからこそ、ディークは寂しげな表情をしていたのだ。セレがディークのことを皇子として見ていたことに。
抱える行き場の罪悪感に、セレは首からかけられたペンダントをそっと握り込んだ。
(ふふ。まだまだ序の口だよ。まだ始まったばかりだ、焦る必要はない)
医務室を出たディークは不敵な笑みを浮かべていた。あの程度のことでディークが気を落とすはずがなく、全ては演技。
(聡明なセレのことだ。俺の表情の意味にも気づくだろう)
ディークの方が一枚上手であった。
(だが、やはりなんだから癪に触る。あの王子で憂さ晴らしでもするか)
理性と感情は別物。
頭では冷静なディークであったが、胸に抱えるモヤモヤを晴らすために訓練場へと向かう足を早めた。
そして、王子様と互角の勝負を演じたディークは魔法祭での優勝という栄誉を難なくを手にした。




