セレスティアは負けず嫌い
(よく考えている。それに手も早い。敵に回せば面倒だな)
第二魔法訓練場に足を向けているディークは、先ほどの、ホルムとの会話を思い出していた。思えば初めから、ホルムの掌の上だったのかもしれない。
セレの元へ向かうディークの足を引き留め、確実な勝算を持って交渉の席に着く。そしてディークからの印象を良くするかのような最後の一言。
ディークの動向をしっかりと監視していたためにあのタイミングで話しかけることができた。日頃から見られている。そして、それはおそらくディークが留学してきた頃からだろう。ホルムはこうして利用できる機会を伺っていた。
「フレット。ホルムの動きを監視しておけ」
「了解です」
ディークはフレットに耳打ちをすると、進行方向に目的地を見つけ、皇子の皮をかぶり直した。
「セレ!」
ブレないディークは、第二魔法訓練場でセレを見つけるといの一番に声をかけた。周りに人の姿はなくセレは一人で魔法の鍛錬をしていたらしい。
「ディーク様!? どうしてここに?」
「ああ。魔法祭に向けて特訓しようと思ってな。よかったら一緒にどうだろう?」
「どうぞ」
魔法訓練場は広い。サッカーコート一面分ほどの広さに、すり鉢状の観客席が周りを囲んでいる。訓練場が空くのを待つ時や魔法祭の時に使用される観客席は、特殊な魔法によって結界に守られている。
「セレ。一人でできることには限りがある。よかったら、俺と手合わせ願おう」
「ディーク様とですか? 私なんかで相手が務まるでしょうか」
「ふっ、ソアーロ王国の公爵令嬢が随分と弱気な発言をするな。安心しろ。俺は世界最強になる男だ。この世界で俺に勝てる者はいない」
「すごい自信ですね」
「ああ。これくらい自信がなければ、セレの隣に立つ資格などないだろう。俺の強さは全てお前のためにある」
「……では、遠慮なくお相手させていただきます」
訓練場の中央。二人は一定の距離を保ったところで相対する。正面に互いの存在を置きながら、相手の初動を伺う。
「俺が魔法を披露するのは、初めてか?」
「いえ。初めて会った時に、一度だけ」
言葉を交わしながら二人は無詠唱で魔法を繰り出す。初級の技であれば、ほぼタイムラグなしで魔法を発動できる。
ディークの放った火球にセレは水球をぶつけ相殺する。打ち消しあった魔法が二人の間で爆発し、煙幕のように視界を塞ぐ。
「いい反応速度だ! もっと打ってこい!」
ディークは煙で見えなくなったセレに向かって声を飛ばす。セレはその声を頼りにディークを捉え、氷魔法で追撃を見舞う。煙の中から突如現れる氷柱に、ディークは不敵な笑みを浮かべながら対応してみせる。
「死角からの攻撃に容赦がないな! 恐ろしいよ!」
「暗器に襲われるのは慣れているのではなくて?」
「はは! そうだな。もっと殺気の篭った刃なら、いくらでも向けられてきたよ!」
ディークは魔法で風を起こすと煙を一気に払ってしまう。
「嘶く雷鳴は帝馬の如く野を駆ける。鳴け、雷鳴!」
「これは……並行詠唱か!?」
煙が晴れた直後、ディークから距離を取った場所にいたセレは、より上位の魔法を発動していた。視界が塞がれている中で初級魔法を放ちディークを足止め。その最中に決め手となる技を同時に展開する。気付いてからでは防御など到底間に合わない。だが、
「並の人間であれば、今の流れで倒せただろうな」
ディークはその場から姿を消す。一瞬の出来事に目を見張るセレだが、咄嗟に風魔法を発動し自身の体を無理やり退避させた。
「いい反応だ」
セレが先ほどまで立っていた場所に、ディークが出現させた水が天に向かって伸びていた。回転する水は竜巻の如く、足元の砂を巻き上げ濁っていく。
「早いですね。攻撃が当たる気がしませんわ」
「ふっ、まだ手を隠しているだろう? 今のは小手調べだ。遠慮するな」
「そうですわね。少し、本気になりたいと思います」
体勢を立て直したセレはディークから距離を取ると、倒すための算段を立てる。闇雲に強い魔法を打つだけではディークに触れることすら叶わない。逃げ場をなくし、不意を突き、追い詰めたところでやっと五分。ディークを倒すにはさらにその先をいかなければならない。
「セレの一番得意な魔法を見せてくれ。策を練る必要はない。正面から受け切って見せる」
「お気遣いありがとうございます。ならば、遠慮なく」
余裕の態度で足を止めたディークの挑発に、セレは勝気な笑みを浮かべて頷いた。自身を舐めてかかる男に吠え面をかかせるべく、負けず嫌いなセレは全力を賭す。
「ディーク様。舐めてると、死にますよ……」
「殺す気で来い。でなければ意味がない」
最終確認を済ませたセレは魔法の詠唱に取り掛かる。上級魔法になれば無詠唱での発動は難しくなる。それはディークであっても例外ではなく、対抗するディークも詠唱により魔法を構成している。
上級魔法であれば一発打つのにおよそ五分。二人は一撃のために十分な力と時間を費やした。
「空を裂き大地に轟け! 雷槍!」
「神羅万象を焼き尽くせ。炎槍!」
巨大な雷の槍を権限させたセレに対抗して、ディークも同じ規模の、炎の槍を出す。
どこまで負けず嫌いなんだと呆れるフレットは、そっと魔法の余波を受けないように退避行動を取った。
二つの槍は高速で飛来し、ちょうど中間あたりで衝突した。ギリギリと鬩ぎ合う炎と雷。溢れ出る力が四方に散っていくが、パワーは全くの互角。
「顕現せよ、ファイアアロー!」
槍の魔法が互角と見ると、セレはすぐに次の魔法を発動する。並行発動する炎の弓矢は、都合三本。ディーク目掛けて飛来する。
「疾れ、氷の四足獣」
だが、セレにできることがディークにできないはずもなく、ディークは氷で狼を作り脱すと、向かってくる火矢を食い尽くした。氷の獣はそれだけでは止まらず、セレに襲いかかる。
「ぐっ……」
セレは咄嗟に無詠唱で魔法を発動する。土の弾丸が氷の獣を打ち払うが、集中を乱されたセレの雷槍が不安定に揺れる。
「チェックメイトだ」
ディークが呟くと、炎槍がセレの魔法を打ち破りセレの元へと向かっていく。セレに魔法を防ぐ手はなく、迫りくる熱を感じたセレは思わず目を瞑る。しかし、炎の槍がセレの体を穿つことはなく、その手前で溶けるように消失した。
「はぁ、はぁ……参りました」
「良い攻撃だった。反応速度も悪くない。二つの魔法の同時制御。三つ目は惜しかったな」
肩で息をするセレに対し、涼しげな様子を見せるディークは悠然とセレに歩み寄る。
「持久力はまだまだのようだな。だが、瞬間の出力はかなり強い」
「ディーク様は、随分と余裕がおありなようですね」
「俺は最強だからな。幼い頃から鍛錬しているんだ。負けてはいられないよ」
謙遜する様子を微塵も見せないディークに、セレは尊敬の眼差しを向けている。ディークに謙遜は似合わないし、謙遜する程度の実力ではない。ディークが目指しているのは自他共に認める最強なのだから。
「魔法は持久力だ。肉体と同じように鍛えて、鍛えまくればいずれ出力も持久力も身についている。常日頃から魔力を流しておけば良い鍛錬になるぞ」
「自分に厳しいのですね」
「それだけやってもスタートラインだ。最強に至るにはまだまだ。俺はもっと高みを目指せると思っているよ」
「ディーク様はお強いのですね。身も、心も。私は弱いですから」
「……」
弱気な発言をしたセレは、一瞬、ハッとすると、取り繕ったような笑みを浮かべた。
「すみません。こんなこと――」
「お前は強くなくても良い。そもそも、弱さのない人間なんていないんだ。たまには弱音も吐き出さないと、やっていけないからな」
言いかけたセレの言葉を遮ったディークは、セレの心情を慮って柔らかに相好を崩した。
「セレは強いよ。俺はその強さに惹かれたんだ」
「私なんて……」
「アイラとウィル。あの二人に反抗するお前は、この学院内で浮いている。孤独になろうとも争い続けるその気概に、俺は惚れたのだ」
「……私は、」
続く言葉が思い浮かばず、セレは口籠る。
「お前が強くなりたいというのであれば、俺で良ければ協力する。いくらでも力を貸そう。お前が逃げたくなった時にはいつでも迎え入れる。忘れるな。セレには俺という最強のバックが付いている」
「……ふふ。ありがとうございます。自信が出てきました」
「そうか。なら良い」
セレが微笑んだことに満足したディークはフレットに声をかける。
「セレとこのまま鍛錬していく。自由にして良いいぞ」
「了解しました! ごゆっくり〜」
言われたフレットは二人の邪魔をしないよう即座にいなくなる。完全に二人きりになった訓練場で、ディークはセレと向き合う。
「セレが満足いくまで付き合うぞ」
「いいんですか? 私、諦めが悪いですよ?」
「執念深い奴は嫌いじゃない」
ニヤリと口角を釣り上げたディークは、早速やる気になっているセレから距離を取った。強さを求める二人は、久しぶりに漲る力を全力でぶつけ合った。




