拉致
「お兄さーん、これお釣り!」
「ん?」
ディークが振り返ると、背後から男が肩を掴んだ。店の入り口でディークを捕まえた男は片手にお金を持っていた。
「お釣り忘れてますよ」
「ああ、それならあの櫛をくれ」
「櫛ですか?」
「あのテーブルにある赤い櫛だ」
「分かりました」
ディークはお釣りの代わりに赤い櫛を受け取ると、店主に礼を言ってから店を出る。
「いない……」
ディークが目を離したほんの一瞬。アイラは通りを流れる人混みに紛れどこかへ行ってしまった。
「あいつから連れ出してきたくせに。面倒な奴だ」
ディークは渋々、人混みに揉まれながらアイラを探すことにした。
(このまま帰ってもいいんだがな、面倒ごとに巻き込まれたら厄介だ。仮にもあいつは聖女候補。何かあれば俺の立場が危うい)
アイラの行方を辿る方法はなく、ただ闇雲に走っても見つけられる可能性はない。ディークは通りを抜け、細い路地裏へと足を向ける。建物の間を通り、手頃な場所から建物の上に登った。
(精霊の力を借りればすぐに見つけられるか)
ディークは諦めたようにため息を吐くと、手近なところにいる精霊を探す。
精霊は、幼い頃から最強を目指していたディークの奥の手だ。やれることは全てやる主義のディークは意地で精霊が見えるように訓練を積んだ。
「おいそこの精霊!」
『なあにぃ〜?』
「ここら辺で、精霊に好かれそうなバカっぽい女を見なかったか?」
屋根の上を駆けていたディークは、視線の先に見つけた精霊を捕まえ話しかけた。間延びする話し方の精霊は光球のような見た目をしている。実体を持たない精霊は、こうして光のように見える。夜の蛍のように動く光は神秘的で、昼間の明かりに負けない存在感を持っている。
『あぁあ、もしかしてぇ妖精さんのこと? あっちで見たよお』
「妖精?」
『精霊の森に住むお母さんの子供たち。それを妖精って言うんだぁ』
精霊は言いながら北の方向を指差した。
(妖精。そんな設定は知らないな。裏設定か?)
『何だか、悪そうな人たちにぃ連れてかれたよぉ』
「ありがとう。助かった」
『どおいたしましてぇ〜』
ゆらゆら動く精霊は走り去るディークを見送り、気ままにどこかへと消えていく。
精霊からアイラの情報を聞き出したディークは、全速力で屋上を駆け抜ける。時折跳ねる着地音に通りの人たちが視線を上に向けるが、見上げた時にはもうディークの姿はない。
(アイラが狙われた理由はなんだ? こんな展開物語にはなかったぞ。俺の介入が原因か? それとも書かれていないストーリーが存在したか)
敵の正体を考えるディークは薄暗い裏路地に視線を落としていく。拐われたのであれば表通りを堂々とは歩かない。鷹のように目を光らせ獲物を追う。
(見つけた……!)
精霊と別れてから五分と経たず、ディークは視界にアイラと拉致犯の姿を捉えた。全速力で犯人の進路に回り込んだ。アイラを抱えている男が後ろ、その前を守ように二人の黒装束が走っている。深い外套に身を包み性別が判断できない犯人たちに向けディークは鋭い視線を向け観察する。
(敵の数は三。アイラは気を失っているか。いけるか? いや、俺は強い。こんなところで負けていたんじゃセレに合わせる顔がない)
ディークは犯人たちの武装を見て勝算を見つける。自室で読書をしていたところを連れ出されたディークは丸腰だ。防具も剣もない。頼れるのは魔法だけ。コンディションを確認したディークは覚悟を決めて魔法を放つ。
(不意打ちで悪いが、消えてもらう)
魔法によって火の矢を一本顕現させたディークは、アイラを抱えている、黒装束の人物に向けて放った。
「ファイアアロー」
射出された火矢は真っ直ぐ犯人に向かい、アイラを避け犯人の頭を穿った。
「なっ!? 何者だ!」
「その女は返してもらうぞ!」
屋根を飛び降りたディークはアイラを抱えていた男と二人の間に降り立ち、アイラを背に庇う。火矢を受けた人物は頭蓋が割れ頭が焼けている。既に息をしておらず、その傍らでアイラは気を失っていた。
「俺はこの女の連れだ。俺が目を離した隙を狙っていたんだな?」
「くっ……バレては仕方あるまい。やるぞ!」
「おう」
顔を隠していた犯人たちは邪魔になるフードを取り払うと、外套の下から短剣を取り出した。フードの下から中年ほどの顔を見せた男たちは、ドスの効いた顔でディークを睨みつける。
「生かしては置けない。標的ではないが、お前には死んでもらう! 恨むならそこの女を恨むんだな!」
「悪いが、お前らとまともにやり合うつもりはない」
気絶したアイラを背に庇うディークは魔法で光球を出すと、それを真上に打ち上げた。ディークの魔法は上空で破裂すると、大きな爆発音を立て消滅した。
「衛兵が来るのは時間の問題だ。早く逃げた方がいいんじゃないか?」
「くそ……引くわけにはいかないんだ。たとえこの命が尽きようとも!」
「そう来るか……」
焦りの形相を浮かべた二人の男は短剣を構えディークに突貫する。切羽詰まった様子の二人にディークは拳と蹴りで応戦する。単調な二人の攻撃を難なく往なし、短剣を手から撮り零させる。
(思ったより手応えがないな)
二人を蹴り飛ばし、落とした短剣をディークは拾い上げた。
(毒が塗ってあるな)
艶やかな光を放つ短剣の刃を袖で拭うと、ディークは二人の元に向かう。痛みに喘ぐ二人を逃げられぬように、
「ぐうううううがああああああっ!?」
それぞれの足に短剣を突き立てた。悲鳴を上げる二人の声は大通りまで響く。耳を澄ませば遠くから複数人の走る音が近づいてくる。
太腿から流れる血が裏路地に赤い模様を残し、痛みに耐える二人は怯えた目でディークを見る。
「依頼主は誰だ? 吐かなければもう一本の足を切り落とす」
掌に風魔法を顕現させるディークは、その威力を示すために、片方の耳を削ぎ落とした。
「いっでええええええ!」
悶絶して耳を押さえる二人は、息を荒げながらも、情報を吐く気はないようだ。
「足より目の方がいいかもしれんな。見えなければそもそも逃げられん」
「お、おい待て――うぁあああああ!?」
怯えた目に濃い恐怖の色が浮かぶ男たちはディークを止めようとするが、慈悲のないディークは容赦なく二人の両眼を魔法で切り裂いた。
「話す気にならなければいつまでも続けるぞ」
既に目の見えなくなった男たちの耳元でディークは脅すように囁いた。だが、男たちはニヤリと口角を釣り上げた。その瞬間、ディークの体に二人で抱きつき、
「我々の使命は果たされり! 共に逝こうじゃないか!」
「なっ!?」
振り払おうにも、二人に抱きつかれたディークは逃げ出せない。次第に男たちの魔力が膨れ上がっていく。
「精霊共! そこの女を守れ!」
男たちが何をしているのか理解したディークは咄嗟に叫んだ。
「大丈夫か!?」
「来るな! 隠れ――」
表通りを抜け、曲がり角から衛兵の姿が見えた。慌てて警告するディークだが、言葉半ばで遮られ、二人の男たちは爆発した。
 




