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不倫夫婦

作者: 日暮晶

ノリと勢いで書いて投稿してみました。

頭空っぽにして読んでいただけると幸いです。


『芸能人の風鈴プリンさんが不倫をしていた件についてです。結婚からわずか半年で発覚した不倫騒動を、各新聞社は「プリン不倫騒動」と大きく一面で取り上げており――』


 ――行為を終え、ズボンにベルトを通しながら入れたテレビは、ちょうどニュースが入っていた。


「んー? おにいさん、テレビつけたんだ」


 ベッドに腰掛ければ、シャワールームからバスタオル一枚を巻いただけの女の子――女子大生の蓮花(恐らく偽名)が、にまにまと笑って背中にしなだれかかる。

 下着も着けていない大きな胸が、背中で形を変える感触。先ほどまで触れ合っていたことを思い出し、にわかにムスコが反応する。散々使い倒したと言うのに、我ながら節操のない。


「不倫ねー。この人結婚したばっかだったっけ? 大変だねー」

「子供が出来る前でよかったんじゃないのか。別れるにしても親権だの養育費だのの問題がなくて済むからな」

「ふーん? でもさ、実際どうなんだろうね。この人の奥さん、めっちゃ綺麗な女優じゃん。そんな人を差し置いてでも不倫とかしたくなっちゃうのかな」


 俺の肩に顎を置きながら、実に楽しそうに――意地の悪そうな笑みを湛えて、蓮花は言う。同時に、するる、と左腕を滑っていく彼女の指が、薬指に触れた。

 そこにはまっているのは、結婚指輪。


「――ね、実際どうなの? 今まさに不倫中の、おにいさんの意見が聞きたいなぁ」

「そうだな、したくなるものだろう。結婚前に女遊びが激しいなら、なおさらな」


 訊ねられたので、思うところを素直に伝えた。


「一口にセックスと言っても、相手次第でかなり具合も違うしな。特に結婚前、女遊びが激しい男ほど、奥さんだけで満足は出来なくなるのかもしれない。背徳感というのも一種のスパイスだろうな。俺にはそれはよく分からないが」

「へぇー、おにいさん、奥さんに満足してないの?」

「あくまで一般的な話だ。付け加えれば、俺は妻に満足している」

「カラダ以外?」

「カラダも含め、だ」

「んー……? じゃあ、何で不倫なんてしてるの?」

「不満がなければ、不倫をしてはいけないのか?」

「あっは! 何それ、ウケる!」

「あと俺は性欲が強い」

「え、わっ」


 蓮花を背中から引き剥がして、再びベッドの上に押し倒す。


「さっきから甘い匂いさせてひっついてくるから、また勃ってきた。責任は取ってもらうぞ」

「えぇ、いまシャワーしたばっか……んっ」


 文句を言いかけた口を口で塞ぐ。通したばかりのベルトを外しながら。

 しばしの間、俺たちは十数分振りの行為に耽った。


◆◆◆


「はーっ、すっきりしたぁ」

「満足いただけたようで何よりだよ」


 ネオンが照らすムーディーなラブホテルの前で、俺たちの不倫は終了した。


「ああ、最後に一つお節介しておこう」

「なに?」

「人の男……特に既婚者との不倫が好みらしいが、それなりにリスクは高い。俺でもない限り、やめておくことを勧める」

「えぇ……不倫相手にそんなこと諭されるとは思わなかったよ。てか、おにいさんならいいって何? 不倫のくせして独占欲?」


 若干白けた様子で、蓮花は言った。


「俺の不倫は、妻公認だからな」

「えっ?」

「文字通りだ――それじゃあ、その気があったらまた連絡をくれ」

 

◆◆◆


 どうやら妻が先に帰っているらしく、玄関の鍵は開いていた。


「ただいまー、妻」

「おっかえりー、旦那さん」


 マンション四階、四号室が俺たちの家。

 リビングに向かえば、ソファにだらしなく体を横たえる妻が、やぁ、と片手を上げた。

 黒髪を雑に結んだ家スタイル。27歳の妻は細身で、今日も流れるようなボディラインが美しい。

 のけぞったことで、Tシャツが捲れてへそと下着の端がちらりと覗いた。


「少し遅めだね。楽しかった? 今日のえっち」


 彼女からの質問に、当然のように俺は答える。


「ああ。だが、もう会ってくれないかもしれないな」

「へー? なんかしたの?」

「いや? ルックスも体の具合もなかなかだったが、ちょっと趣味が悪そうだったからな。お節介を焼いたら、めちゃくちゃ白けた表情されたよ」

「趣味ぃ? どんな?」

「他人のモノをつまみ食いして、自分のモノにしたがる感じかな」

「あー……」


 蓮花は、相手がいる男としか寝ないのだろう。そうして最終的に、自分に溺れさせるのが楽しみと見える。

 それゆえに、自分のモノとなる見込みがない俺とはもう会う気がないのだろうなと思うと、わずかに惜しいと思える。


「いい体をしていたんだがなぁ」

「残念?」

「まぁ仕方ないさ。その時は、他のセフレと肌を重ねる」

「妻の前でいうことかー、泣いちゃうぞー?」


 およよ、と両手で目を覆う。はいはいと頭を撫でながら、着替えのために服を脱ぐ。


「何を今さら。そっちは今日はどうだったんだ?」

「あー……うん、なんていうかねー……」

「ハズレ?」

「っていうとちょっとあれだけどね、うん、まあ、相性があんまりよろしくなかったかな」


 何の相性か。当然、体の相性である。

 妻も今日は他人と寝てくると言っていたからな。俺より早く帰っていたあたり、そういうことだろうとは思っていたが。

 盛り上がったら翌朝まで帰ってこないこともあるし。


「ふむ、まあ、そんなときもあるさ」

「ご飯は?」

「何かあるのか?」

「ないけど、食べるなら作るよー」

「チャーハンが食べたいです」

「うけたまー」


 ソファから体を起こし、人妻らしくエプロンを身に着けた。……人妻らしくってなんだ?

 俺は手洗い・うがいをするべく、冷蔵庫をあさる音を背に洗面所へ向かった。

 

◆◆◆


 元をただせば、俺たちの関係もセフレである

 しかし、体の相性がよかったのと、妙に馬が合ったことから結婚に至った。

 中でも「彼女じゃないと無理だな」と思ったのは、その貞操観念だ。

 共通の認識として、「結婚してるからといって、他人とセックスしちゃいけないってことにはならないよね?」というものがある。

 俺たちにとって、セックスとは性的快楽を得るための合理的な手段だ。言い換えれば、ちょっと体力が必要な趣味。できればより多くの相手と、より多くの経験をしたい。

 一応言っておくが、この考え方を他人に押し付ける気がなければ、声を大にして言う気もない。一般的な貞操観念において、俺たちが少数派であることは十二分に理解しているとも。

 ただ、俺たちの間ではそうなのだ。

 元々たくさんの女性と褥を共にしてきた俺としては、セフレたちそれぞれに良いところがあり、結婚したからといってそれらすべてをすっぱり断ち切れるとは言い難い。まぁ、世の中から見ればクズの部類だろう。

 だが、それは妻も同じであり――じゃあ、お互いにそれを認めようという契約が成立した。

 ゆえに、お互いが誰と寝ようと大して気にしない――むしろ、今日の相手はどうだっただの、明日は誰と会ってくるだの、そういった会話が食事の席で当然のように交わされる。

 倫理と言う点では、俺たちは揃って破綻しているのだろう。

 だが、不倫であっても不義理ではない。筋は通しているし、誰に迷惑をかけてもいない。

 よそから文句を言われる筋合いはなく、俺たちは堂々と不倫しているのである。


「うん、ごちそうさま。うまかったよ」

「どいたまー」


 妻の作る炒め物系は、総じてうまい。

 逆に壊滅的なのは煮物系だ。和風メニューだけではなく、カレーやシチューという、市販のルーをぶち込めばどうにでもなりそうなメニューですら食うに堪えない味となる。過去三回連続で失敗して以降、煮物は俺の担当になっている。食べたいときは妻からリクエストがくるようになった。

 ちゃっちゃと片づけ終えると、ぎゅぅと後ろから抱きすくめられた。わさわさと、胸元と下腹部に伸びた指が体をまさぐる。


「……お盛んッスね」

「言ったでしょ? 今日の人、あんまり相性よくなかったんだよぅ」

「つまり?」

「言わせる? それ言わせちゃう? 不完全燃焼で、疼いちゃってるの。相手してよ――それとも、ぴっちぴちの女子大生のあとじゃお嫌かな?」

「お嫌じゃないです」

「やーんけだものー」

「誘っておいて何言うか」


 サービスとして、妻をお姫様抱っこで寝室に連れ込んだ。ベッドの上に下ろすや否や、向こうから頭を抱えられての熱い口づけを賜った。

 言っちゃなんだが、俺たち二人は絶倫だ。ほんの二、三時間前まで情事に耽っておきながら、夜の営みにもまるっきり支障がない。ちょっとくすぐられただけでムスコは容易く目を醒ます。

 不倫でのセックスに背徳感は感じないし、満足はする。

 しかしそれでも、やはり妻が相手となると話は違う。

 だってほら、よく言うだろう――デザートは別腹だって、さ。



 

「――ご満足いただけましたか?」

「だいまんぞくぅ……」


 コトを終え、さすがに少しくたびれた様子の――しかし満足げな表情の、妻が言う。


「うーん、なんだろうな、この安心感。不倫相手も気持ちいいけど、妻が相手じゃやっぱ少し違うわ」

「分かるー。ぶっちゃけテクだけ言えば、旦那さんは上から三番目ぐらいだけど」

「そのカミングアウト今する必要あった?」

「あと大きさは上から五番目」

「デカい人多いな!? 俺もそこそこだと思ってたんだけど!?」

「大きさだけが重要じゃないし、その分下りてるから全然問題ないよ……じゃないや、なんか脱線したね。なんだっけ? あーそうそう、旦那さん相手だと、他の人たちとは全然違うよねって話だ」

「愛か何かの差かね」

「あはは! いろんな女の人とヤリまくってる爛れた旦那さんの口から、愛なんて言葉が出るなんて!」

「いやぁ、でも思ったより的を得てる気がするんだよ、これ」


 世間では、不倫は罪であり悪とされる。ちょっと過敏なまでに。

 生涯を共にするパートナーがいるのに、よそに相手を作るのはおかしい――理屈としては分かるが、しかし、性欲と愛情は切り離して考えるべきだろうとも思う。

 不倫でセックスしたからと言って、相手への愛情が尽きたわけではないのだ。結果として、尽きることにもなり得るのだろうけど、少なくとも俺にはそれはない。

 あっちこっちで性欲を満たしてはいるが、妻以外の相手と生涯を共にしようと考えたことはない。

 どれだけ性欲を満たしても、最後には妻の隣へ帰り着く。

 これが意味することは――


「そりゃあ、テクや体の相性だけなら、妻より良い相手もいるが」

「えー、旦那さんひどーい」

「ちょっと前の自分のセリフを思い出しやがれ」

 そうじゃなくて。

「俺がこの世で最も愛を感じる女は、妻だけだってことになる」


 爛れきってる俺たちだからこそ、世界で一番、形にならない――形ではない愛を知っていると思える。


「……やーん、ろまんちっくー」


 茶化しているような調子だが、これが妻の照れ隠しであると知っている。シーツ一枚を被っただけで足をパタパタさせているその様は、妙に可愛らしかった。


「ねーえ」

「ん?」

「かぷり」


 むくりと起き上がり、忍び寄ってきた妻が、首筋を甘噛みしてきた。歯を立てずに噛んでくるこの仕草は、甘えたいときの意思表示。


「……満足したんじゃなかったので?」

「いやー、あんな大胆に愛を囁かれちゃったらさ、収まりつかなくなっちゃって」


 下腹部を撫でつつ、妖艶さと照れの混じった笑みを浮かべながら、妻は耳元に口を寄せた。滴る蜜のような、甘い声が耳朶を打つ。


「もう少しだけ、付き合ってほしいなって。ね、旦那さん?」

「それを望むのなら、どれだけでも」


 テクだけで言えば上がいる。

 相性だって同じこと。

 だけど俺たちはこの時確かに、世界で最高に愛があるセックスをした。


◆◆◆


「さて、じゃあ出発するか」

「ほいほーい」


 翌日、朝。少しばかりの眠たさを伴い、俺たちは仕事の準備を済ませて玄関へ。


「今日の予定はー?」

「馴染みの風俗嬢の予約が取れたから寄ってくる。そっちは?」

「二週間ぶりに会うセフレと遊んでくるよ」

「ん、了解」

「一番でっかい人ね」

「その情報はいらなかった」


 ――愛があるセックスをしようが、よさげな雰囲気で締まりかけようが、所詮俺たちは不倫夫婦。

 今日も今日とて帰る場所を後にして、伴侶以外とのつながりを楽しみに、堂々と不倫に行くのである。




ちなみにですが、

・旦那(28歳)

・妻(27歳)

です。

筆者の思想と夫婦の思想は、あまり関係ありませんのでご了承ください。

こういう考え方もあるかな、程度に捉えていただけると。

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