4.今なら歌えるわね。 -- ウグイス--
「もう耐えられない。怖いし---- サロンにいるのも飽きてきたわ!」
サロンに入り浸って三ヶ月。
マ--- こほん、あいつから逃げ回り、授業以外はサロンに引き篭もっている。
図書館に行けば本棚の隙間からあいつに覗かれ、食堂に行けば近くの柱から様子を伺われ、勇気を出して庭に行けば、木の影から顔を出して見てくる。
私は背筋の凍る思いで、その都度逃げていた。
声を出さずに表情だけで訴えてくるなんて---- まるで生霊のようだわ、本体は違うところにいるのかしら?
そう思い、自分の影に本体を探させたが、いないらしくどうやら本人であるらしい。
あの時の影はいつもと様子が違っていたわね、何だったのかしら? 心配ね。
ハロルドも、今回ばかりはあいつの相手をしたくないようで、私を見守るようにサロンに入り浸っている。
お姉様にも一度、きちんとお話ししたいけど、流石の私もはっきり言えない。
だってマ--- 言葉にするのも恐ろしい。
それにしても、こんなにも気持ちが良い日差しが、浴びれないなんて!
窓から見える、青く透き通った空を見ながら--- 塔に閉じ込められた長髪の姫が、外に出たいとどれほど思ったか今なら分かるわ--- 今なら歌えるわねっと呟いて、淹れられたお茶に口をつけた。
ニ日後、隣国の第二王子が学園に到着したと知らせを受けて、ハロルドを連れ学園長の部屋へ向かう。
------ 時間が過ぎるのは早いわね。
父様から、同学年である隣国の王子の世話を頼まれたけど、一ヶ月も経つのね。ああ、何だか哀しいわ。
部屋の扉を開けると、女性からの悲鳴を必ず受けるだろう第二王子の姿があった。
訓練されたカーテシーをしつつ、鍛え上げた表情に変える。
「テリージア王国第二王女、エレナと申します。本日は校舎の案内を任されましたの。仲良くして下さると嬉しいですわ」
柔らかそうな癖毛の明るい茶髪に、クリッとした目から覗くサファイアのような瞳の王子は、愛嬌のある笑顔で挨拶を返してきた。
確か---- 父様に聞いた話しでは、隣国であるバレルシア王国は、7年前に前国王の横暴さを見かねた宰相様が謀反をしたのよね。
そのまま宰相様は城に立て篭ったようだけど、裏舞台にいた前国王の王弟が、宰相様を捕らえて国王になったんだっけ。
今は国王と長男である王太子が、謀反した宰相様みたいな人を作らないように、新たな政策に励んで国を立て直したと言っていた筈。
王太子は二十歳と聞いたけど、国王になるのは来年だったかしら?
国王になる兄を支える為に、次男である第二王子は見聞を広めようと留学に来たのよね。
どこかで聞いたような話しよね、なんだったかしら---- 拙い記憶を巡らせる。
うん、ちょっと違うけど明智ね。
織田は家臣である明智に謀反されて、その明智を豊臣が打ち、最後に徳川が天下人になるのよね?
確か明智の謀反に珍説があったわね--- そうそう、織田に頭の薄毛を馬鹿にされたからだったわ。
金柑頭! (ハゲ!) とモラハラされながら皆の前で笑われて、当時のカツラと言われる附髪を、叩き落とされたから---- 敵は本能寺にあり! っと明智は叫び、織田に復讐したと本に書かれていたわね。
しかも徳川が天下人になった時 『 頭髪令 』 を配布したから、余計に珍説の信憑性を高めたのよね。
---- そりゃあ、誰でも怒るわよ。----
考えずとも、猿でも分かるわ---- あ、猿は豊臣か。
確か、明智が豊臣に討たれず、生きてたって説もあったわね、
実際何が本当なのかしら?
まあ、宰相様も上に立つものの横暴さを見て、徳川のようにウグイスが鳴くまでは、なかなか待てないわよね。
それだけは分かるわー、だって私も待てないもの----。
本当凄いわね、徳川って。
ふとあいつを思い出し、あいつの薄毛姿を頭に浮かばせる--- 綺麗な顔の薄毛姿は思いの外面白く、クスクスと笑いが止まらない。
「私の顔に何かついてましたか?」
第二王子である、レオン殿下の声に我に帰る。
--- やってしまったわ、なんて言って誤魔化そうかしら。
ハロルドをチラッと見るが、凄い顔で私を見ている。
--- これは、やばいわね---- 後が怖いわ。
とりあえず鍛え上げられた表情に戻し、レオン殿下の姿を見て思った事を口にした。
「すみません。女性達が喜びそうだと思いまして。では早速ですが案内致しましょう。」
レオン殿下と並びながら、校舎と学園内の施設を案内し、最後にレオン殿下用のサロンへ連れて行く。
サロンに入るとお茶に誘われたので、真新しいソファへハロルドと共に腰を下ろした。
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「もう耐えられない。怖いし---- サロンにいるのも飽きてきたわ!」
ハロルドは深く同意する。
確かにあれは、俺でも怖いと思う。
図書館に辿り着き、少し警戒を解いたのが間違いだった。
本棚の隙間からあいつの目を見つけた瞬間、背筋がゾワっと冷たい何かが走った。
食堂や庭でも、エレナに放つあいつのオーラは綺麗なもんじゃない。
そもそもなんだ、オーラが見えるって、ありえないだろ!
関わってはいけないと、自分の本能が切実に訴えている。
あれは、反則すぎる------
だが、そんな事よりも俺を驚かせる事が起きた。
人前に出て来るはずのないエレナの影が、俺の前に現れたからだ。
影は苦しい声を出して、俺に問いかけた。
---- 本体とは何か教えてほしい-- と。
俺も全く分からず、静かに首を横に振ると、影は消えた。
もうニ度と会う事はないだろうが、本体って一体何なんだ? 凄く気になる。
エレナがいつもの様に説明して来ないだろうかと、見張るように近くにいたが、一向に説明してこない。
今なら歌えるわねっと呟くエレナに、歌うより説明しろと言いたかった。
-- この時の事を、後のハロルドは語る。--
あの時の俺に言いたい。
エレナから説明されるのは、まだまだ先だと--- そして、本体という言葉を気にし続けるのは、馬鹿でしかないと----
モヤモヤを抱えてニ日後、隣国の第二王子であるレオン殿下を案内する為、学園長室にエレナと共に向かう。
エレナの挨拶に続き俺も頭を下げたのが、二人が対面する姿に嫉妬した。
---- お似合いだと思ったのだ。
エレナの可愛らしい姿に、柔らかそうな空気を持つレオン殿下の姿は、正にピッタリといった言葉が似合う。
今まで、エレナと他の男が対面してるのを散々見てきたが、嫉妬に至る程エレナに似合う男はいなかった。
初めて胸の中にどす黒い感情が湧き、拳を作りながら耐える。
急にクスクスっとエレナが笑い出したので、何だ? と思いつつエレナの顔を見た。
エレナの楽しそうに笑う顔を見て、息が止まる。
例外なあいつを除いて、男の前では一切顔を崩さなかったのに、なぜ今素の表情を見せるんだ?
今まで俺の前でしか見せなかったのに--- 噛み締めた歯の奥から、ギリッと音がなる。
------ エレナはレオン殿下が気に入ったのか?
エレナがレオン殿下と並び歩いていくのが、不愉快でしかない。
二人の後ろ姿を見ながら、歩く自分に苛立ちが募る。
----- エレナの横は俺の場所なのに。
エレナの事は俺が一番理解しているし、誰よりも一緒にいる。
なぜ、俺が後ろにいなきゃいけないんだ。エレナの横に並ぶのは、お前じゃない。
今まで蓋をしていた激情が、一気に溢れ出した。
--- この日の夜、ハロルドの従者は侯爵家へと手紙を書いた---。
ハロルド様が、ついに動き出した--- と。
読んで頂き有難うございます!
「頭髪令」
↓内容
髷が結えなくなった武士は隠居
付け鬢をする場合は藩主の許可が必要
徳川と明智は仲良かったと言われています。
金柑頭は、金柑の様にツルツルと光るからだそうです。
塔に閉じ込められた長髪の姫、ラプンツェルです。
グリム童話の内容が、夢を壊すので今回は触りだけ登場させてます。