3.なぜそうなった! --ジュリエットにはなれない--
-- 何で、何でそうなるのよー!--
エレナが放った絶叫は、柔らかな日差しが降り注ぐ庭に、何故かしっとりと吸い込まれる。
エレナの横に立つハロルドは、両肩を落としながら、盛大に溜め息を吐いた。
*****
学院の入学式を無事に終え、ハロルドと学院の敷地内を探索し終わった時、事件は起きた。
校舎や食堂を、ハロルドと探索し、疲れたので一息つこうと庭に出たら、あいつが現れた。
この時から事件は始まり、これから起る想定外な出来事は、エレナが大人になっても、少しばかり心に傷を残したという。
侍女は語る。
この日の事をハロルドに問えば、必ずこう返ってくると。
言葉にして、言いたくない--
あいつが、庭の奥から駆け寄ってくるのが分かり、逃げ出したくてしょうがない。
-- あぁ、いるのよね、あいつもこの学院に、忘れてたわ --
お姉様とあいつは、今年で十六歳。貴族は十四歳から十六歳まで学院に通うよう、国の法によって定められている。
国民に対しての意識を強め、横暴な領地運営や商いをしないよう、若いうちから教育を施す為だ。
-- 一年は何かしらあいつと、顔を合わせなくちゃいけないわね --
地面に足を突き刺し、その場にどうにか踏み留まる。
「あぁ、探したよ。私の妖精、いや---- 女神よ!」
相変わらずの、蕩けた表情に鳥肌が立つ。
答えるのも面倒くさいわね、ハロルドが何か言ってくれないかしら?
--- あら、だんまりを決め込むつもりね--- こういう時は、口を開かないのよね。
ハロルドは、無表情でただ立っていた。長年の付き合いがあるからこそ、口を開かないと言い切れる。
「あら、ご機嫌ようわざわざ探して下さったなんて、嬉しいですわ。有難う御座います」
お決まりの言葉を、棒読みならぬ、棒言いであいつに返す。
夜会の時と変わらない鍛え上げた表情で、あいつの様子を伺う。
「あぁ--- そんな笑みではなく、あの時見せた表情をして頂きたい」
--- は?
何を言い出したかと思えば、あの時の表情? どんな表情だったかしら?
あの時とはいつかしら? 鍛え上げられた表情は、いつもと変わらないはずだわ?
あいつの、眉を下げながら残念そうにする表情を見て、今までにない話の流れに戸惑う。
無言のまま対面していると、何ともいえない空気がその場に流れた。
耐えきれなくなり、こういった時に見せる(首を橫に傾げながらシュンっとする)表情に変え、うるっと目を潤ませながら口を開く。
「あの----- 時ですか? いつでしょう。分からなくて申し訳ありませんわ。教えて頂けるかしら?」
エレナの問いに、あいつは口を窄めながら息を吐いた。
「はぐらかすなんて、何て意地悪な女神だろうか--- 私はあの時に気付いたのだ、本当の私に。あぁ--- 私は運命に弄ばれる愚か者だ」
髪を前からかき揚げて、手振りをしながら話す姿は、ロミジュリのロミオを演じているようで、目が離せない。
凄いわね、これを素でやってるなんて。
しかも台詞まで一緒だったわ。
ノるにしても、私はジュリエットになんてなれないわ---- 考えたらジュリエットって詩人よね。ロミオになぜ貴方はロミオなの? と問いかけるなんて、教養の高さを感じさせるわ。
---- そう、ここは今まさに舞台の上。
私に出来るとしたら------ 前世で読んだ、恋の物語を思い出す。
あ、かぐや姫!
そうね、かぐや姫なら、私にも出来るかもしれないわ。
確か---- 無茶な難題を男性に与えて、全て撥ねつけた挙句、帝からの夜這いには、人とは違う姿に変身して対抗したのよね。
しかも、帝と合わせようとする女官に、帝を殺せば? とまで言う始末。最後には両親にお礼を言って、全てを捨てて月に帰るんだから凄いわよね。
--- うん、良いかもしれない。私も帰りたいし。
「あら、私の事を思うなら、私が求める答えを用意しなくては、私は手に入りませんことよ? きちんと答えなさい?」
あぁ、かぐや姫のような、儚い言い方にならなかったじゃない。
間違えたわ---- これじゃあ同じ悪女でも、白雪姫のお母さんだわ、演技って難しいわね---
気が緩んで表情を崩してしまい、苦虫を噛み潰したようにあいつを見てしまった。
「あぁ---- その表情、なんてたまらない。愛くるしい顔を歪めて私をゴミのように見るその目、もっとその顔と目で、私を見てくれないか?」
えっ----- 嘘でしょ?------
「夜会の日、あなたに脛を蹴られた時分かったのだ。あんなにも心震わせたのは、あの日が初めてだ。あの時の表情、私をゴミのように見る目は、なんとも言えない高揚感を与えてくれた。もっと私をそのまま見てくれ!」
マゾ--- なぜ貴方はマゾなの??
「何で--- 何でそうなるのよー!!」
エレナの絶叫は庭に響き渡り、昼下がりの温かな日差しと相反した言葉は、どうにもこの光景には似合わなかった。
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ハロルドは両肩を落とし、盛大に溜息を吐いた。
とりあえず、ここから逃げよう。
エレナは絶叫した時のまま、こめかみの所に両手を貼り付け、空を見上げている。
これほど、だらしない顔をしていた時はあっただろうか。
見た事がないエレナの表情を目に焼き付けながら、こめかみに貼り付いた右手を引き剥がし、そのまま手を握って後ろを振り向く。
あいつの声が後ろから聞こえてきたが、聞こえないフリをして、そのまま歩き出した。
そもそもあんなマ--- いや、奴に構うのは面倒臭いし、あの場にいたら、変な噂が立つに決まっている。
何で、ああなったんだか。
昨日は、エレナの才女さを改めて感じた日だったのに。
テストは計算、歴史、教養と分かれていたが、全て同じ八三点。何でか気になりエレナに尋ねると、返ってきた言葉は俺の想像を軽く超えた。
「え、面白いでしょ? 全部合わせるの大変だったのよ? まあ、これぐらいの点数なら、お姉様の成績よりは低くて、王族として馬鹿にされないでしょう?」
昨日のエレナは、どこに消えたのか。
--- エレナに与えられたサロンにでも行こう。そして、ゆっくり説教しよう。
エレナの手を強く握り直して、足早に歩いた。
サロンに入り、ソファに放心したままのエレナを座らせ、自分もその横に腰を下ろす。
だらしないまま固まったエレナの顔の前に、自分の手を出して色々と動かしてみるものの、全く反応がない。
俺は思いっきり息を吸い込んで、エレナの耳元で声を放った。
「わっっ!!」
エレナの体全体がビクッと動き、目をパチパチさせている。
「え、ここサロン!? な、何で? あいつは? どこ?」
「もうあいつはいない、とりあえず逃げてきた。てかおい、さっきのあれは何なんだ? どうしてあんな風になった?」
キョロキョロと、首を忙しなく動かした後、エレナは胸に手を置き、ふーっと長く息を吐き出した。
キョロキョロしていた仕草は可愛らしかったが、今はそんな事思ってられない。
「分からないわ、私も何がなんだか----- やっぱりロミオに驚いてノッた私が愚かだったわ、かぐや姫のように撥ねつけられなかったし。しかも白雪姫のお母さんじゃ駄目よね、お母さん最後は火で焼かれるのよ。私もある意味精神を焼かれちゃったわ」
なんだ、ロミオって?
しかもお母さんが最後火に焼かれる? 何なんだ一体、どこでそんな物語を読んだ。
俺の訝しげな顔に気づいたエレナは、慌てて説明してくる。
--- なんて愚かで、馬鹿な発想なんだ。
そもそも何なんだ、その物語は。
ロミオの心変わりの速さも、実に気に食わないし、かぐや姫の弄び方も酷すぎる。
是非男達にも言いわせてもらいたい、まずはかぐや姫の顔をきちんと確認しろ、見てもいないのに時間をかけて貢ぐって、どれだけ権力者なのに暇なんだ。
そもそもタケってなんだ? タケから生まれたってどう生まれたんだ!
白雪姫の母親も、自分の美に執着しすぎだろ、国の運営はどうした! 娘を殺そうとする時点で、美しいわけないし、鏡が正しすぎる。
---- うん、今日は無理だな。
「まぁ、そもそも脛を蹴ったのが間違いだったな」
「---- イヤー!! ほんっと思うようにいかないわ!」
他にも言いたい事は山ほどあったが、マゾを産んだのはエレナが蹴ったからだ。
こればっかりは、反省させないといけない。
とりあえず、今までにない表情ばかりを見せてくれるので、エレナのコロコロ変わる表情を眺めながら、ゆっくりとお茶を味わった。
読んで頂き有り難う御座います!
私は運命に弄ばれる愚か者だ
ロミオの有名なセリフです。ロミオは結婚しようと言っていた彼女がいたのに、ジュリエットに恋しちゃったんですよね。
かぐや姫
浅間神社にある書物からの一説によれば、月から地に落ちたのは王子と結ばれる約束をしていたのに、別の男の子どもを身ごもったからと言われてますね。
地球上にいる間に、罪を償いながら成長していという話しなのですが、何をかぐや姫は学んだか。それは、
男はうそつきであるという教訓。器が小さい男ほど嘘が大きく、強引な側面があるから自分の身を自分で守る事を覚えた。
と書いていました。沢山の説がありますので、是非気になった方は調べてみて下さいね!