18.好機を逃すな!後半 --戦国--
「我騎士達よ、円卓会議を始めますわ!」
自ら購入した小型のナイフを、いつもの様にテーブルの真ん中へと、突き刺した。
「夜会まで後四日よ、引き締めていきましょ、まずは、各自調べた内容を報告しなさい!」
今日も決まったわ! と思いつつ、満足しながら椅子に腰を下ろし、カップを手に取る。
「じゃあー、俺から良いかな? まずは、ウォルフ様は---- プ。すみません、ウォルフ様は、バブバブ倶楽部の会員でしたー。あと、新しい情報としては、とある四十五歳の伯爵夫人と、ちょっと怪しい関係が疑われます。今確認してるので少しお待ち下さい」
スッと、侍女長が胸元で挙手をした為、発言を促す。
「ウォルフ様と、ウォルフ様の母親の関係ですが、これはエレナ殿下が睨んだ通り、面白い事が分かりました。ウォルフ様は、母親をもの凄く慕ってらっしゃるご様子で、母親の膝枕で耳掻きをされている姿が、夏休みの間に三度はあったと、お聞きしました。またウォルフ様は、母親の事をママ、とお呼びしているようでして、何かあれば直ぐに母親に手紙を送り、相談しているとの事です」
侍女長が話すと、庭師長がニヤニヤしながら、小さく挙手した。
挙手するなんて珍しいわね、と思いながらも発言を促すよう頷く。
「ぬいぐるみは、母親が手縫いした物だと、確認が取れました。新しい情報といえば、---- 乳母にも甘えてらっしゃるのか、入浴時には必ず、背中を流して貰ってるようです。普段の着替えも、侍女でなく乳母にお願いしてるとか。侍女長の話しに付け足しますが、ウォルフ様の母親は、ママと呼ばれるのが嫌なご様子、宰相様によく嘆いてるとの事です。あんな子供みたいに育てた訳じゃないとか--- 私が教育を間違えたの? 等、庭で話されてるのを庭師が聞いて、それを楽しく私が聞かせて貰いました」
庭師長は、相変わらず笑い声を上げ始める。
-------- ママ?! それは確かに嫌ね。
私も十六歳の息子には、ママって呼ばれたくないわ。でも、あいつの母親って案外まともなのかも---- 確か、母様はあいつの母親とよくお茶会をしていたわよね?
すると、珍しくハロルドが手を上げたので、発言を促した。
「俺は副隊長が話した、四十五歳の伯爵夫人を追っていた。分かったのは、夜会の時に何度か庭の隅で密会していた事、どんな関係かはまだ確証がない。あとマイヤー殿下と、アリステア殿下が、遂に顔を合わせたようだ」
マイヤー殿下は、パーティーへ出席する他にテリージア王国の視察を望んだ為、今日の朝には城に到着していた。黒ちゃんはマイヤー殿下といたいらしく、学院をサボり城に滞在するらしい。
本物は、やはり違うわ----
「お会いしたのね! どんな感じだったのか知ってる?」
「アリステア殿下が庭を散策している時に、マイヤー殿下と鉢合わせしたようだ。その後、アリステア殿下が庭を案内して、ガゼボでお茶を飲まれたと聞いている」
「本当! 明日にはマイヤー殿下に、お会いしないと! 皆有り難う。ジンバ先生はどうですの? 何もなければ大丈夫ですわよ?」
ジンバ先生はいつものように、ゆっくりとお茶を味わっていたが、いきなり目がカッ! と見開いたので、体が反射的にビクッと動いてしまった。
「わしぁ、先程アリステア殿下が泣いておったから、心配で声をかけてのぉ。アリステア殿下の話しを聞いてみれば、もう耐えらないと言って、また泣いてのぉ。何だか、居た堪れなくてな、わしぁ、婚約破棄に手を貸すぞ! アリステア殿下は、マイヤー殿下を褒めておった。ああいう人もいるのねと、わしゃ何も言えんでのぉ。悔しいのぉ」
「そ、そうなの。お姉様が泣くだなんて---- 許せないわ!」
円卓のメンバーは、いつになく真剣な表情で頷く。
「いい? 私の作戦は風林火山よ!!」
エレナは、テーブルを思っきり片手で叩きながら、声を張り上げた。
「作戦に向かう、心得として皆覚えておいて? 為せば成るよ!」
自分なりの悪巧み顔で、皆の顔を見回し口を開いた。
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「風林火山とは、風のように早く動き、林のように静かに構え、火の如く激しく攻めて、山のようにどっしりいるのよ!」
「なるほどのぉ、ソンシという方は、素晴らしい兵法を伝えたのぉ」
「風林火山には続きがあるの、陰は戦略を相手に知られないようにし、雷は激しく味方を動かすの! ジンバ先生素晴らしいでしょ? この兵法を元に、皆で考えるわよ!」
ジンバ先生を始め、皆エレナに対し尊敬の眼差しを向けている。
---- 何だ、その風林火山って? どこでそんな兵法を読んだ? ソンシ? そんな名前の奴がいるのか!?
俺がモンモンとする中で、円卓のメンバーは作戦に対し、激しく意見を出し合っている。アリステア殿下が泣いてたと、ジンバ先生の話しを聞いてから、皆の顔つきが急に変わり、話し合いも真剣そのものだ。
「じゃあ風はまず、夜会で私があいつを激怒させて、素早く周囲からの注目を集めれば良いわね! 林は---- 私が冷静な態度で、あいつを少しずつ詰めていって、火は、あいつの本性を暴くように、激しく責めるわね! 山は、どうしようかしら----」
『山』が決まらず、各々難しい顔で考えていれば、庭師長が珍しく、真剣な顔で口を開いた。
「山は、ウォルフ様の母親を使えば宜しいかと。宰相様に教育を嘆くほど悩まれていたら、私達側に付く可能性は高いと思います」
---- 案外あり得るかも、ハロルドは考える。
あいつの母親は、アマリーリア陛下と茶飲み友達な筈だ。
アマリーリア陛下が仲良くしているという事は、まともな考えを持っていると期待出来る。
庭師長が聞いた話しが本当なら、間違いなくこちら側に付くだろう。
ただ---- 一番の問題としては、どうあいつの母親にそれを伝えるかだ。伝えないまま作戦を実行するのは可能だが、山を確実にするならば、母親がどう動くのか是非知っておきたい。
「エレナ、俺からも良いか? 庭師長の考えに俺も賛成だ。まずは、あいつの母親に会ってどう思ってるか聞いた方が良い」
「私も同意します。仮定のまま作戦を進めて、山の部分で崩れては何も意味はありません。母親以外にも、こちら側に付く方を、何人かは用意しておきましょう」
「それは俺も賛成です。根回しは大事ですからね、手分けして行動しましょう。俺は、騎士隊の方の根回しをしておきます。騎士隊は、ウォルフ様に良い印象はありませんから、うまく行くでしょう。お任せ下さい」
騎士隊の根回しは有難い。
何か起きた場合でも、エレナを守れるからな。
城内で働く者達はもちろん、誕生日パーティーに参加する貴夫人方への根回しについては、すんなりと役割が決まっていく。
やはりあいつの母親だけが難しく、皆黙り込んで考えていると、思いがけない人の声が部屋に響いた。
「エーレーナー! 話は聞かせて貰いましたよ! 何を、こそこそとやっているかと思えば、何ですか?」
驚きながら振り向くと、アマリーリア陛下の姿があり慌てて席を立ちお辞儀する。椅子を引く音が他にもし出したので、他のメンバーも頭を下げたのだろう。
「は、母様?! どこから出てきましたの? それに話っていつから聞いてましたのー?」
「エレナ、私が貴女をただ見守ると思いますか! どこにいたかは言いませんよ。悪い事ばかりして、バレたら意味がありません! 少しは反省なさい!」
「母様! 私は、お姉様の幸せを祈ってるのです。あいつとは絶対、婚約を解消させますわよ! 邪魔しないで下さいませ!」
アマリーリア陛下の、目を細めながら怒る表情に、全く怯まないエレナは凄いなと思いつつ、折角立てた作戦が頓挫すると思うと、残念な気持ちになる。
---- アマリーリア陛下に知れたなら、もう作戦は無理だろう。
他の作戦を、立てるにしても時間が足りない。
マイヤー殿下が、アリステア殿下を気に入らない限り、他に何も手立てがないなんて----
様々な思いが込み上げて、嫌でも俯いてしまう。
絨毯が見える筈の視界が、一気に歪み始めた。
------- ああ、本当に俺は無力だ。このままじゃ、エレナの横にいるのも難しくなる。俺はどうしたら良いんだ----
涙が一粒、堪えきれず目から溢れ出し、絨毯に小さなシミが出来たと思うと、アマリーリア陛下の大声が部屋に響き渡った。
「分からない娘ねー、コソコソしてないで私も混ぜなさい!」
俺は勢い良く顔を上げて、アマリーリア陛下の顔を見た。
アマリーリア陛下は、ツンとしながらも、息を整えると再び口を開いた。
「アリステアには、私も幸せになって貰いたいの。最近変でしょう? 心配してたのよ。ジンバ先生が、アリステアが泣いていたと、さっき仰ったのを聞いて---- アリステアが泣くだなんて、もう見てられないわ。だから--- クシャナには私が根回しするわ」
「母様ー!」
エレナはアマリーリア陛下に抱きつき、声を立てて泣き出した。
アマリーリア陛下は、そんなエレナを慰めるように、優しく頭を撫でている。
侍女長と、何故だか庭師長から鼻を啜る音が出始め、副隊長は男泣きをしだした。ジンバ先生は、いつもと変わらずボーっとしているが、よくよく見れば鼻水を垂らしている。
------- まあ良いか、一番の協力者が出来たからな。
エレナとアマリーリア陛下の姿を見て、再び視界を歪めた。
夜会まで後四日。
大きな戦力を手に入れて、更に詰めた作戦を立て始める。
「今度こそ、本当に天は我に味方せりよ! 皆良い? 武田信玄は言ったわ、もう一押しこそ慎重になれ! 慢心せず、最後まで気を抜かないよう頼むわよ!」
------- タケダシンゲン? やっぱり聞いた事ない名前だ。
エレナは本当、どこから仕入れてくるのか、さっぱり分からない単語ばかりだな。
だが今回だけ、俺は認める。
ソンシと、タケダシンゲンの言う事は的を射ていて、素晴らしいのは間違いないと。
そして俺は、先陣を切るように動き出した。
読んで頂き有難う御座います!
武田信玄と孫氏でした。
ナポレオンや東郷平八郎、毛沢東やビルゲイツさんも、孫氏の兵法を愛読していたと言われてますね!
三国志に出てくる曹操が注釈をしたのが、私達に伝わっていますが、難しくて原本は読めませんでした。
孫氏は勝つ為ではなく、負けない為の戦い方を書いてるのが面白いですね。