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16.好機を逃すな! 前半 --心理分析--

「あぁ本当、思うようにいかないわ!」


 私室のソファに寝転びながら、手足をバタバタと動かす。


 何で、何も情報がないのかしら----


 先程庭師長からの[情報あり]と書かれたメモを見て、我慢出来ずに駆け足で、庭師長に会いに行ったのが間違いだった。


 上がる息を更に上げて、どうでも良いわ! と庭で叫んだら、母様から久しぶりに愚妹と怒られた。


 少し我慢なさい! と、説教を一時間も受けて今に至る。


 ---- 何が新しい情報よ。あいつがお手製のぬいぐるみを抱いて寝てるだなんて、どうでも--- いい、くないわね。


 十六歳の男がぬいぐるみを抱いて寝てるなんて、笑えるわ。しかもお手製。


 あら----? 拙い記憶を探る。


 嘘、でしょ---- そうだったら笑えないわ。


 ゾワっと鳥肌が立つ。


 どうしたらいいのかしら---。


 モンモンとしながら寝返りを何度も打っていると、ノックの音が聞こえたので、急いで上半身を起こし座る姿勢に戻してから入室を許可した。


 扉が開くと、ハロルドが何故か副隊長を連れて入ってきた。


 部屋の前で会ったらしい二人は、それぞれ違った表情をしている。


「いやあ、エレナ殿下、面白い事が分かったよー」


 元女たらしの副隊長は、軽く右手を上げながら挨拶し、軽快に笑って私の前に立つ。ハロルドは、副隊長の馴れ馴れしい態度に慣れないのか、眉間にシワを寄せながら私の横に腰を下ろした。


「あら? 面白い事ってなあに?」


「それがねー、プっ。ププっ。いやあ、昨日から笑いが止まらなくて、失礼しました。昨日は久しぶりにとある未亡人と熱い夜を過ごしたんだけど、そのとある未亡人と話していたら、ウォルフ様が登場しまして。これはもう、頑張らないといけないって思って、沢山サービスしてあげてたらさあ、もう出てくる出てくる!」


「副隊長、エレナの耳を汚さないでくれ。簡潔に教えて貰えないか?」


 副隊長の少しばかりの下ネタを、ハロルドは気に入らないらしい。

 ------ ハロルドは本当、真面目よね。


 私は前世の記憶があるから平気だけど、普通の女性だと顔を真っ赤にするとこよね。まあ、副隊長は普通の会話に下ネタを混ぜちゃうから、城内の人達から距離を置かれていたのよね----


 そういえば、女遊び辞めたはずよね? 彼女はどうしたのかしら?


「ハロルド卿はお堅いなー、とりあえずその未亡人が言うには、倶楽部にウォルフ様がいるみたいなんです。んで、その倶楽部っていうのが---- 何と! バブバブ倶楽部!」


 やっと言い終えたからか、副隊長は開放されたかのように腹を捩り出した。


「バブバブ倶楽部? そんな倶楽部聞いた事ないわね、ハロルド知ってる?」


「------------」


 ハロルドもどうやら知らないようね。でも何でそんなに固まってるのかしら? 凄く気になるわね----


「エレナ殿下は知らなくて当然だと思います。バブバブ倶楽部は男性と、未亡人だけが参加出来る倶楽部ですから。そのバブバブ倶楽部では、男性は赤ちゃんになれるんですよ! そして、未亡人が母親役として、参加するのですー。ウォルフ様は、半年程前から参加されてるようで、未亡人達にとても可愛いがられてるらしく、何でも子守歌をお願いするとか---- ププ」


「赤ちゃん?! それって赤ちゃんになりきって、母親代わりの未亡人に、世話して貰うって事?」


「そうです。ウォルフ様はその会員でしたー、ああ面白い。まあ、また何か分かれば報告しますー」


 ----- どうしましょう。


 ----  再びゾワッと鳥肌が立つ。


 ではっと、言いながら部屋を去る副隊長を、目だけで見送る。


 頭の中にある予感は、どちらかというとマゾよりも苦手な言葉だ。出来れば口に出したくないし、違って欲しいとさえ思う。


 チラリとハロルドを見れば、真っ白になったっていう言葉がピッタリな表情で、ただ座っている。


 ハロルドには、刺激が強すぎたのかしら?


 前世の本で、男性は永遠の少年って書いていたけど、永遠の赤ちゃんって事はないわよね---- それに赤ちゃん返りは、女性の方が多いと聞いた事もあるし----。


 とりあえず、そういう事にしておきましょう。


 新しくお茶を用意し、淹れたてのお茶を飲みながらハロルドの回復を待っていると、ノックの音と共にお姉様が扉から顔を出した。


「今時間ある? エレナと話しがしたかったのだけど----」


「お姉様! ええ、大丈夫ですわ! ハロルドがいても良い?」


 良いわよとお姉様は答えると、私達が座る正面に腰を下ろした。お姉様の動きは狂いもなく綺麗で見惚れてしまったが、どうやら表情は戸惑いが隠せないようで、少しだけ顔も青くなっている。


「エレナ----- ハロルド、先日は本当に申し訳なかったわ。二人には助けて貰ったのに、言うのが遅くなってごめんなさいね、あの時は有り難う。ウォルフ様、ここ最近何か変なのよ、でもあまりに気にしないで---- ね?」


 私はお姉様の揺れる瞳を見て、あの時のお姉様の瞳と重ねる。


 ------ 本当には、きっと大丈夫じゃないわね。


「いえ私も頭に血が上ってしまって、お姉様ごめんなさい。だけど--- このままで良いの? あの感じじゃ不安だわ。それに、今まで距離を置いていたのに、何故また仲良くなったの?」


「それは---- エレナが国を出てから少しして、ウォルフ様が謝りに来てくれたのよ。聞いた感じだと、お義母様に諭されたみたい---- 私も急に態度を変えられたから、少し驚いたけど嬉しかったのよ? 小さい頃に戻ったみたいで。でもまたおかしくなっちゃったわ」


「お義母様---- そ、それで変になったのは何がありましたの? あれじゃ男性とも普通に話せないじゃない」


「そうね--- ウォルフ様がおかしくなったのは、夏休みが明けて、学院に戻ってからなの。ウォルフ様の理想はお義母様のような人らしくて、私とお義母様を比べては怒るようになったのよ。男性と話すなって言うのも、お義母様は旦那様である宰相様以外とは、全く無駄話をしないらしくて。だから私にもそうしろって言い出したの------」


 -------- マザコン。


 やっぱり間違いじゃなかったのかも---。


 全てが繋がるわね--- 更にゾワっと鳥肌が立つ。


 お手製のぬいぐるみって事は、ウォルフ様のお母様が作った可能性が高いわよね?


 しかもぬいぐるみって、感触から母親をイメージしやすいから、小さい子にとって移行対象になるのよ---- 母親と離れる不安を紛らわす為に、ぬいぐるみを母親に見立てて安心するのよね。


 母親に抱かれている頃の感覚や、思い出を感じたくて、ぬいぐるみを抱いて寝る人程、マザコンであると書かれてた筈。


 確か---- 他にもストレスの緩和や、異性に対し甘えたい欲求でもあると書かれていたけど----。


 今お姉様が言ってた、お義母様と比べられるっていうのは、正にマザコンの特徴だわ。しかも学院に戻ってから怒るって、寮にいればお義母様は近くにいないから、それも関係してるのかも----


 ---- 今考えたら、ウォルフ様のお母様って綺麗だけど、表情はとても冷たいのよね。何だか人を見下したような目をいつもしていたような---- あいつはマゾって今まで思ってたけど、もしお母様と似たような目をした私を見て、母親の代わりを求めただけだったら?


 -------- どうしよう、凄く怖くなってきたわ。


 でもぬいぐるみだけじゃ、確証はないわね---- あ、バブバブ倶楽部!


「エレナ? 大丈夫? とりあえず婚約はこのままだけど、今はちょっと自信がなくなってきたわ。はあ、国民にも父様にも申し訳ないわね。でも今のまま婚姻すれば、女王の仕事なんか出来ないわ。男性とは必ず話すもの----」


 頑なだったお姉様の気持ちが、初めて揺れてるわね。


 あんな状態だったら無理もないけど---- でもこれって、もしかしたら好機かもしれない!


「私は前から言うように、お姉様の幸せを願っているの。国民の事は大切だけど、自分の事も大切にして下さいませ。いつでもお話しならお聞きしますから、何かあれば言って下さいね、お姉様?」


「えぇ---- 少し考えてみるわね。エレナ有難う。でも、あまり私を心配をして、何かしては駄目よ? こないだみたいに、言い返したりしたらエレナが傷つくから----」


 お姉様はすっと立ち上がると、またねと言って部屋から去っていった。早る気持ちを抑えつつ、お姉様の足音が聞こえなくなるのを待ってから、ベルを鳴らして侍女を呼び出す。


「侍女長を、呼んできて貰えるかしら?」


 侍女長を待つ間、考えをまとめようとしていたら、ハロルドの手が私の手に触れた。


「エレナ、これは婚約破棄する為の、唯一の攻めになるかもしれない。慎重に動くんだぞ」


 ハロルドの言葉に頷くと、侍女長が到着する。


 侍女長はかなり早足で来てくれたようで、少しだけ髪が乱れている。

 ---- 息を切らしてる素振りがないなんて、流石だわ。


「いい? ウォルフ様と、ウォルフ様の母親との関係を直ぐに調べて頂戴。ウォルフ様の持つ手縫いのぬいぐるみを、誰が作ったのかも一緒にお願いね。それともう一つ、女性関係がないかまた調べて欲しいの。今度は前と違って、年上で探して貰えないかしら?」


「エレナ殿下の御心のままに。少しお時間を下さいますか? 他のメンバーにも調べさせます」


 侍女長はまた早足でいなくなり、エレナはドキドキが落ち着くよう、ゆっくりと息を吐き出す。


 ---- 何か分かれば良いけど。




 時間はなんとなく過ぎて、この日の夜。


 早くも侍女長は、報告を紙に書いて手渡してきた。


「フフフ---- あいつもこれで終わりね!」


 エレナは悪巧み顔をしながら、手に持つ紙を握り締める。


 憂鬱な気持ちは晴れ、侍女長から渡された紙によって、勝利を確信していた。


 お姉様の誕生日パーティーまで、後六日。パーティー前に、こんな嬉しい事が起きるとは---- 天は私に味方せりよ!


 エレナの絶好調な笑い声は、城内に響き渡る。


「ハロルド! 良い報告が来たわよ」


 私はこの感動を、早くハロルドに言いたいが為に、夜にも関わらず侯爵家へと使いを出した。



 ------------------------------------------




 ハロルドは、夜に城から使いが来るとは露知らず、ゆっくりとお湯に浸かっていた。


 ------ バブバブ倶楽部って、若い奴も入るんだな。


 ハロルドは、バブバブ倶楽部を知っていた。


 何故ならハロルドの祖父が、祖母や母様に内緒で、こっそりと通っていたからである。



 祖父に教えて貰った時は、驚愕で顎が外れそうになったものだが、エレナは淡々と聞いていたな---- ある意味尊敬する。


 何でも、甘えたい時に行くとストレス発散になるとかで、力説する祖父の姿を見た兄と私は、祖父に冷たい目を向けたのを覚えている。祖父は、凛々しく男性から憧れるような人だったから、余計に冷たくなってしまったのだが----


 ---- それにしても、副隊長は女遊び辞めてないじゃないか! あの女はどうした? そもそもエレナに馴れ馴れしい態度も、下ネタを口にするのも実に気に食わない----


 とりあえず、パーティまで後六日しかない。


 侍女長や、他のメンバーに期待しよう。


 あいつの女性関係や、婚約を解消出来そうな何かを、俺なりに調べてはいるが全く何も出てこない。


 学院では、アリステア殿下の側からあいつは離れないようで、アリステア殿下の疲れた表情は、見ていて労しく何度も言葉を飲み込んで耐えた。


 アリステア殿下はパーティの準備の為に、エレナから一日遅れて今日学院から城へ戻ってきたらしく、やっとあいつと距離を置けたようで安心する。


 アリステア殿下の、先程の表情を思い浮かべる----


 本当、あいつはロクでもないな----


 そう考えながら、お湯に顔を半分沈めると、風呂場の外から母様の大きな声が聞こえた。


「ハロルドー! エレナ殿下がお呼びよー!」



 


読んで頂き有難う御座います!


話しに織り込めませんでしたが、マザコンはエディプス-コンプレックスとも言われてますね。


ギリシャ神話は、心理学で言われる言葉が沢山あるから面白いですよー。


ナルシストや、トロイの木馬、アキレス腱あたりが有名でしょうか?


心理学を専攻していた光政としては、懐かしい言葉に楽しく書かせて頂きました。

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