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15.何様よ! --妻--

 「ねぇ、ハロルド--- ヘラが恐ろしいわ」


 ハロルドも顎に手添えたまま考え込んでいて、返事が返ってこない。


 先程までの怒りは収まり、心の安定は取り戻したものの、お姉様の事を思うとやっぱり泣きたくなる。


「青い鳥がいれば良いのにね」


 エレナの小さな呟きは、部屋に差し込む夕日に吸い込まれていった。



 **** 



「ランチしましょ!」


 学院が始まり、黒ちゃん、ハロルドと共にランチを頂く為、食堂へと軽快な足取りで向かう。


 円卓会議の翌日メンバーを再び徴集し、お姉様の誕生日パーティーに、マイヤー殿下が来る事を我騎士に伝えた。そして、あいつとお姉様の婚約を解消したい事も一緒に伝え、あいつの情報を集めて欲しいとお願いする。


 ジンバ先生は耳が少し遠いのでボーっとしていたが、他三人は各々の良い顔をしながら了承してくれた。


 何か新しい情報がないかしらねー、


 校舎を抜けて食堂に辿り着くと、中は何やら騒がしく人集りが出来ている。


 -------- どうしたのかしら? 何だか人の声がするわね。



 人集りに近づくと喚き声が聞こえくるので、興味本位から爪先立ちになる。前の人の肩から目を出せば、お姉様の顔が目に映った。


 ----- お姉様に何かあったのかしら?


 失礼するわね、と前にいた人に声をかけると、道を開けてくれたので前に進み出てたら、お姉様とあいつが対峙した状態で立っている。ハロルドと黒ちゃんも気になったのか、私の側に来るとあいつが口を開いた。


「なぜ私とお昼を食べないんだ。アリスは私の婚約者ではないのか? 私と一緒にサロンに行こう」


「ウォルフ様、昨日もお伝えした筈ですが、私は級友の方達と交友を深めているのです。理解して頂けませんか?」


「その級友の中には男もいるだろう? 女性だけならまだしも、私を放置して他の男とそんなに話しをしたいのか?!」


「------------ 」


 -------- これはまずいわね。


 周りを見渡せば、好奇心から楽しんで見ている人もいれば、訝しげな表情で見てる人もいる。


 このままだと、お姉様に変な噂が広がってしまうわね、どうしようかしら----。


 考えていると、ハロルドが急に前に出て対峙する二人に近づき、背筋を伸ばしたまま綺麗な所作でお辞儀をした。


「無礼を承知で失礼致します。ウォルフ卿、アリステア殿下お戯れはそこまでにして下さい。お二人のお熱い空気に、皆溶けてしまいそうです。エレナ殿下が、お二人とサロンでお茶を飲みたいようなので、是非一緒に来て頂けますか?」


「なっ、何を--- 」


「---- 分かりましたわ。無礼を許しましょう。ウォルフ様、エレナのサロンへ連れて行って頂けますか?」


「アリス---- 分かりました。お連れしましょう」


 あいつの腕にお姉様が手を絡めると、二人はゆっくりと歩きだす。周りにいる人達に、膝を軽く折ったカーテシーで挨拶して、私もハロルドと共に二人の後に続いた。


 黒ちゃんの方をチラリと見れば、早く行けという風に手を小さく胸元で動かしている。


 俺は大丈夫だ、と声を出さずに口だけ動かしたのを見て、私は頷きで返した。



 私用のサロンに入室すると、お姉様はあいつの腕から手を離そうとしたが、あいつは脇をきつく締めて、エスコートしたままソファへと連れて行く。


 腰を下ろした二人の正面に、私とハロルドも腰を下ろしお茶を用意してくれた侍女に、部屋から下がるよう言いつけた。


 侍女がいる間無言だったあいつは、お姉様の顔を見ていただけだったが、侍女が退室すると、私達の方を見ていきなり声を張り上げた。


「なぜこの場に呼んだんだ! ハロルド君も、あの場で私達に声をかけるなど無礼ではないか!」


 ---- 何なのかしら、正直ムカつくわね。


 あいつの表情は怒りに溢れていたが、私は真っ直ぐあいつの目を見て言い返した。


「ウォルフ様、ハロルドは私に従ったまで。お怒りは私に向けて下さいませ。それに、あの場にいたらどうなっていたと思いますか? 私は、お姉様の立場を守ろうとしただけですわ」


「なんだと? エレナ殿下は何も分かってないのだな。私とアリスは婚約してるんだ! アリスが私の婚約者であると、皆に分からせただけに過ぎない! アリスも何故分からない? 私以外の男とは話さないよう伝えただろう? 向こうから話してくるならば、私が父に頼んでどうにかしてみせよう」


 髪を乱しながら怒りの表情で話す姿は、ロミオの時の面影を失いまるで違う人のようだ。


 ------- 凄いわね、いきなり束縛男になるだなんて。まるで神々の女王ヘラのようだわ。


 一途な神だけど、ゼウスの浮気相手に容赦ないのよね。


 確か---- そうそう、ゼウスの浮気相手を熊に変えたり、出産出来ないよう制裁した筈だわ、何だか嫉妬って怖いわね。人をこんなにも変えてしまうんだから---


 嫉妬もだけど、恋は盲目って言葉の意味も思い知ったわ、周りがこんなに見えなくなるなんて、頭大丈夫かしら?


 しかも凄く腹が立つわね。


 それにしても、お姉様が言葉を発しないなんて珍しいわね、どうしたのかしら?


 お姉様をチラリと見れば、少し困った顔はしつつも、王女としての表情を崩していない。


 ---- お姉様は本当に凄いわね。尊敬するわ。


 私ならあの表情を保っていられないわよ。


「ウォルフ様、エレナやハロルドへのお言葉は取消して下さいませ。二人は私を心配しただけですわ。それ----」


「アリスが言うなら取り消そう! だが私を選ばず、他の男と食事をしようとしていたのは取り消せない。何故男と話すのだ? 私がいれば十分ではないか?!」


 お姉様の言葉を遮ると、いきなりお姉様の肩をあいつは両手で掴みだし、先程よりも強い口調で言葉を吐く。お姉様は瞳を揺らしながら言葉に出来ないのか、口を開かずに無言のままだ。


 ------ 何してくれてるのよ! 


「ウォルフ様、お姉様の肩をお離し下さいませ。無礼ですわよ」


 怒りがグッと沸いてきて、声が低くなり強い口調になってしまう。


 そんな私の言葉にあいつは苛立ったのか、私を睨むように見てきた。


「無礼だと? 何故私が無礼なんだ? 無礼なのはお前だろう?」


 ハァ? こいつ何様なのかしら? 


「私が無礼ですって? 王族である私が無礼で、あなたは一体何様なのかしら? 教えて頂けませんこと?」


「エレナ! ウォルフ様、お許し下さいませ。エレナはまだ若く未熟なのです。私が代わりに謝罪しますわ。それに、男性とお話しするのが嫌なのは、十分伝わりましたわ。以後必要な場以外では話さないように致します。ですから--- 気をどうか静めて下さいませ----」


「アリスが謝罪する必要はないが、今日はアリスに免じて許そう。だがエレナ殿下、二度とそのような口を開くな。私がまだ貴女を好いているとお思いか? フッ、勘違いも甚だしい、そんなわけ無いだろ! アリスの婚約者として、これからは私を敬うのだな分かったか? ではアリス、二人でこれからの事を語ろうではないか。まだ私には、アリスに伝えたい事が山程あるからな」


「---- 分かりましたわ、二人でお話し致しましょう。エレナ、また違う日にでも時間を作りますわ。それではハロルド、エレナをお願いしますね」


「フンっ! では失礼する!」


 あいつはお姉様を強引に立たせると、引っ張るようにお姉様を連れて扉に向かう。お姉様は私をチラリと見たが、直ぐに姿勢を正してあいつに続き退室された。


「あいつ、一体何なのよー!!!」



 --------------------------------------------



「ねぇ、ハロルド--- ヘラが恐ろしいわ」


 あいつとアリステア殿下が退室した後、エレナはいつもの様に叫びだした。その後も珍しく喚き散らしていたので、午後の授業をさぼり今に至る。日も傾き出し、窓からは赤い日差しが入り始めていた。


 時間が経つにつれ、エレナも怒る気力をなくしたのか、先程から譫言を呟いては息を吐き出している。


 ---- ヘラって何だろう。


 まあエレナの気持ちも分からなくない。


 あれは一体なんなんだ。マゾかと思ったら、今度は嫉妬に狂うやばい奴になっている。


 ああやって人は壊れてくんだな---- 壊れるってこういう事だと、母様に教えてあげたい。


 バレルシア王国から帰国し、あいつとアリステア殿下に驚いていると、急に侯爵家から使いが来て、強制的に家へ連れてかれ何故か医者に診察された。


 母様は俺の側でずっと泣いていて、何がなんだか分からずにいると、兄から説明されて従者から届いた手紙の内容を知った。


 俺が壊れたと心配する母様に、何故笑ったのかを説明しなくてはならなくなり、とても疲れた---- あんなに心配されたのはいつぶりだ?


 誤解が解けた後は後で、エレナとの進展について母様にしつこく聞かれ、俺は大いに困った。


 前よりは男として意識してくれてるとは思うが、それ以外の進展は全くと言って良い程何もない。そういえば、クマのような王子って誰だったんだ?


 とりあえず、どうにか母様を説得出来たので領地に行かずに済んだが、誤解されたままでいたら、確実に危なかったな。


 ハァ------- 本当、アリステア殿下は気の毒すぎるな。


 珍しく瞳が揺れていたし、アリステア殿下が口を開かない程困っているのを初めて見た。あんな顔、男として人前でさせるべきじゃない。


 バレルシア王国から戻ってきた時の、二人の姿は一体どこに消えたのか---- 色々と考え直すべきか悩んでいたが、やはりマイヤー殿下に期待する他ないな---。


「青い鳥がいれば良いのにね」


 青い鳥----- 昔エレナが話してたな、幸せを呼ぶ鳥だったか?

 でも確か、結局近くにある幸せに中々気付けない事を知るんだったよな。


 あいつは本当に馬鹿だ。


 アリステア殿下を大切にしてれば、幸せになれただろうに。


 あれで大切にしてるつもりならば、頭が悪すぎる。それにエレナに罵声したあいつに、対峙出来ない無力な自分にも腹が立つ。


 こんなにも怒る気持ちを持つのは初めてだ。


 俺はきっと、今日の事を一生忘れないだろう----


「エレナ、マイヤー殿下の作戦。本気で考えようか」


 エレナを見て言えば、エレナはうんっと大きく首を縦に振る。


「円卓会議をまた開くわ! 特に侍女長と副隊長には頑張って貰わないといけないわね!」


 アリステア殿下の誕生日パーティーまで、あと半月。


 エレナとハロルドの戦いが、本格的に幕を開けた。

読んで頂き有難う御座います!


神々の女王であり、ゼウスの妻ヘラは嫉妬話が凄く有名ですが、一途ゆえなんですよね。


ゼウスが浮気して出来た子供、ヘーラクレースも元々(ヘラの栄光)という意味らしく、ゼウスよりもヘラとの結びつきが強いことが示唆されてます。


浮気相手の子、ヘーラクレースに様々な嫌がらせをしますが、それで鍛え上げられたヘーラクレースは英雄になるんですよね。しかもヘラは憎んでいる筈の赤子のヘーラクレースに自分の乳を飲ませたんです。


ヘーラクレースの乳を吸う力が強すぎて、ヘラは乳首が痛くなったため、ヘーラクレースを放り出すんですけど、その時にこぼれた母乳が天のミルキーウェイになったと言われてるみたいですね!

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