12.閑話-バレルシア城内--マイヤー視点①
テリージア王国での出来事を、一生懸命に話す可愛い弟の姿が目に映る。
弟は、テリージア王国の第二王女であるエレナ嬢と随分仲良くなったようで、弟の話しを聞いていた母は急に勢い良く身を乗り出し、詳しくエレナ嬢について聞かせて欲しいと言い出した。
エレナ嬢がバレルシア城に滞在する事が決まったと、弟からの手紙が届いた時には父と私は頭を抱えて考え込んだ。
弟は見た目こそ可愛いが中身がとても酷く、何故隣国の王女を今連れてくるのか(国の情勢を完璧にしてからにして欲しい)父と私は理解出来ないまま、エレナ嬢をもてなす為の準備に追われ始めたのを思い出す。
エレナ嬢の話しを弟から詳しく聞いていくと、可愛い顔に博識であると分かり、弟の婚姻を半ば諦めていた母は、この機会に弟の元へ嫁いで貰えないかお願いしようと考え始めた。
私と父は紙の話しを弟から聞いて、木の価値に気づけずにいた事を恥ずかしく思いながらも、博識である女性が本当に可愛い顔なのかと少しだけ怪しむ。
弟はそんな風に母が考えているとは全く気づかず、話しの中でエレナ嬢の事を何度も黒子と呼んでいる。何故黒子と呼ぶのだろうと思いながらも、愛称まである二人の関係に母の期待は膨れ上がり、父と私で何とか抑えながらエレナ嬢の到着を待ち続けた。
弟が帰って来てから少しして(そういえば弟の到着が早かったな)エレナ嬢がバレルシア城に到着すると、城内の者達が騒ぎ始めた。どうしたのかと侍従から話しを聞けば、エレナ嬢は有り得ないほど可憐で、妖精のような姿だと話し出す。
珍しく興奮している侍従の姿を横目で見ながらも、エレナ嬢に会う為に食事を用意した部屋で待っていると、青紫のドレスを着た愛らしい女性が姿を現した。
これは母が大喜びそうだなと思い、挨拶をして丁寧にもてなしていく。
弟から聞いた紙の話しをエレナ殿下にすれば、奢る事なく姉であるテリージア王国の第一王女の方が博識であると答えた。
テリージア王国の王女の噂はバレルシア王国にも届くほど有名であり、第一王女は賢くて冷たく、第二王女は妖精のように愛くるしいと聞き及んでいる。
エレナ殿下よりも知識が深いと聞く第一王女に興味を持ちつつも、また日を改めて会う約束をしてその場は解散した。
翌日、エレナ殿下から挨拶を受けたであろう父と母からの呼び出しを受け、二人がいる部屋に入ると何故か母が嗚咽をあげながら泣いている。
何故泣いてるのか分からず、なんとも言えない空気が流れていたが、とりあえず母の涙が止まるのを待った。
用意されたお茶を飲みながら待ち続けるが、一向に泣き止む気配はない。耐えきれなくなった私は、自ら母へと口を開いた。
「どうしたのですか? そんなに泣いてる姿は始めて見ましたが----」
「もう! マイヤー何故貴方は私に言わなかったのです?!」
------ 一体何を言わなかったのだろう。
母が涙をハンカチで押さえながら、再び口を開き始めた。
「先程侍女から聞いたのよ。エレナ王女は昨日の食事会で、共に来ている侯爵家の男の子と、互いの瞳の色でコーディネートしていたというじゃない。エレナ王女に会って素晴らしさに興奮した、私の気持ちを返して下さいな」
「そ--- そういう事でしたか。確かに瞳の色でコーディネートした装いでしたが、ハロルド君とエレナ殿下はあまり仲良さげな雰囲気では無かったので、気にしていませんでした」
「仲良くしてない? どういう事ですか?」
「私の見たままですが、ハロルド君の表情は固いですし、エレナ殿下と会話もしていませんでした。エレナ嬢も、ハロルド君をあまり見ていなかったので、ただの幼馴染かと思っていました」
「まあ! そうだったのね。挨拶に来たエレナ王女が素晴らしく可愛いくて、こんな娘がいたらどんなに楽しいだろうと思ったのよ!」
母の期待が前よりも更に膨らんでしまい、父と私で抑えながらも婚姻作戦について話し合う。明日、エレナ嬢に会う約束をしている私が、弟との婚姻についてどう思っているのか、聞く事となった。
その後、母がエレナ嬢とお出かけしたらという妄想話しをし始め、父と私は静かにお茶を飲みながら、時が過ぎていくのを待ち続けた。
翌日、エレナ嬢を客間に迎えに行き庭に案内した後、婚姻について話しを聞く為、ガゼボへと連れて行く。
弟にはこの場にいて欲しくなかったので、木の視察をお願いしてみれば、意気揚々と山に向かって行った。
------ 父と母は、ガゼボが見える部屋で待機すると言っていたが、本当にいるのだろか? チラリと窓ガラスを見れば、薄らと影が見えたので、エレナ嬢に聞こえないよう小さく息を吐いた。
エレナ嬢との会話が始まり、少しだけ昔の事を思い出す。
七年前、前国王に対し宰相が謀反した為に、父は表舞台に上がり現国王となった。当時十三歳であった私は、急な事についていけず、今までと全く違う生活を強いられて正直嫌だった。
父が裏舞台にいた時は、山の麓で家族が暮らせるだけの小さな家に住み、近所には子供が少なかったのもあって、遊び相手はあまりいなかったが、山を駆け回り家族と近い距離にいる生活はとても幸せだったと思う。
弟はその当時七歳だった為、城内の広さにも慣れず私の側から離れなかった。まあ、今もあまり変わりないが、私の側にいたのにも関わらず、直ぐに今の生活に慣れていった様に思う。
十五歳の時、父に連れられて謀反した宰相に会いに行く事になり、嫌々ながらに宰相の話しを聞いていたのだが、終わった時には自分の意識に変化が起きていた。
今まで家族との小さい世界にいたのだが、国民がいる世界をもっと良く知り今のままではいけないと思ったのだ。
それからは勉学を始めとして、様々な知識や他国の事を知りたいと思い今に至る。そして自分が王になった時、隣に立つであろう正妃の姿を思い浮かべるようになると、理想が高くなり過ぎて自国にいる貴族の女性では考えられなくなった。
バレルシア王国では美しさはもちろん、男性の後ろを静かに歩く女性が求められていた為、知識を持つのは悪徳と言われているのが現状だ。
知識がなくても、心惹かれる女性がいればとも思っていたが、全く現れる気配が感じられない。
エレナ殿下と話していくと、彼女から王族は公欲を持つべきだと聞き、弟と同じ歳であるのに立派な姿勢を持つ彼女を見て、自分の隣にいる正妃に彼女の姿を思い浮かべてしまう程、関心してしまった。
---- レオンは人を見る目だけはあるからな。
酷い弟の唯一の武器を思い出し、少しだけ羨ましさを感じてしまう。
とりあえず、エレナ嬢に婚約について聞いてみようか。
「エレナ嬢にも私からお聞きしても宜しいですか?」
「ええ、私でお答え出来るのでしたら」
エレナ嬢の屈託の無い返答に、何故か罪悪感を感じる。
ハロルド君は食事の時より表情を豊かにしながら座っているし、エレナ殿下も時たまハロルド君を見ている。
前と違う二人の雰囲気に、言い出す事を躊躇いつつも言葉にして伝えた。
「エレナ嬢は、その---- 弟のレオンと婚姻を考えて下さるだろうか?」
------ あ、エレナ嬢が固まっている。これはどう捉えるべきなのだろう。
「どうしてそうなるのーー!?」
エレナ嬢の声が響き渡り、私はどうにか笑いを堪えながらその場に座り続けた。
読んで頂き有難う御座います!
今回と次話はマイヤー視点の為、物語が入れれず。
書いていて、少しだけ寂しくなりました。