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1. 愚妹な姫 --エレナ--

 

「ああ、美しい青い瞳に、金の滑らかな髪。愛しい妖精よ、貴女にはいつも心奪われる。どうか私を、愛してはくれないだろうか?」


 エレナのこめかみには、うっすらと青い筋が浮かび上がる。


 --- 何を言ってるんだ、こいつは。


 お姉様の婚約者からの言葉に、苛立ちが募る。


 「まぁ、なんて素敵な愛の言葉でしょう。でも貴方様はお姉様の婚約者ですわ。私に素敵な夢を下さり有難う御座います」


 作り上げた溢れんばかりの笑みで、相手の様子を伺う。


 ------ 早くどこかに行かないかしら。


 「私は、第一王女の婚約者でありながら、貴女に恋してしまったのだ。父に婚約破棄をお願いしようと思う。だから---- 私の心をどうか受け取って欲しい」


 相手の蕩けるような瞳と、酔いしれるような顔を見て、怒りで体が震える。


 バカがっと小さく呟くと、エレナのこめかみに浮かぶ青い筋は、音を立てて切れた。


--------------


 テリージア王国には、賢く氷のような第一王女と、妖精のように愛らしい第二王女がいる。


 第一王女は、賢いがゆえに男性に敬遠され、凛とした佇まいは美しさよりも冷たく見せた。


 それに反して第二王女は、愛らしい微笑みをいつも浮かべ、柔らかな佇まいは、正に男性が理想とする姿。


 そんな第二王女の笑みを見て、恋に落ちる男性は後を絶たない。懇意になれるよう男性が奔走する姿は、夜会の名物として貴婦人達を楽しませていた。


 テリージア国の国王であるダガリーは、優しく献身的な政策から国民に慕われており、正妃であるアマリーリアとは、隣国との同盟を結ぶ為の政略結婚であったが、未だ二人の熱愛は醒める様子がなく、いつも甘い空気が漂う。


 そんな王と正妃は、第一王女であるアリステアと、第二王女のエレナを大切にし、分け隔てなく愛している。


 今だ就寝前のキスをしに、二人で王女達の部屋を訪れる姿は、城に勤める者達からの憧れと尊敬を、より一層強くさせた。


 アリステアとエレナも仲が良く、エレナはアリステアの美しい姿と博識さに尊敬を抱き、アリステアは動物を可愛がるように、エレナを可愛がっている。


 なぜアリステアは、エレナを動物のように可愛がるのか、それは一部の者しか知らない、エレナの性格があるからだ。


 そう、エレナは外見からは想像出来ないほど、苛烈な性格をしている。


 幼い頃から気に入らない相手に対し、理論を混ぜながら口で攻撃するのは当たり前。


 行動力にも溢れ、護衛が少しでも目を離せば、乳兄妹を連れて城を幾度も抜け出し、街に遊びにいく。


 ダガリー王は、そんなエレナも可愛いく見ていたが、妻であるアマリーリアは、エレナを呼び出し心を鬼にして伝えた。


 --- そのままでは、愚妹と言われますよ。---


 その言葉を聞いたエレナは、少し反省したように思えたが、実はそうではない。


 エレナ付きである侍女は、こう証言している。


 反省する訳でもなく、とりあえず母様の怒りが収まるまで本を読んで待つわ、と言って飄飄としていたと。


 アマリーリアの言葉もあって、エレナが八歳の時に、家族から愚妹な姫と言われ始め、王族に近く働く者達からも、密かに囁かれるようになった。



--------------------



 「エレナ! なぜ相手の脛を蹴ったのですか?はしたない、ちゃんと母様に理由を言いなさい!」


 夜会が終わり、父と母に部屋へ呼び出された私は、二人の向かえに座って優雅にお茶を飲んでいる。


 今飲んでいるお茶は、東方の国から取り寄せたお茶で、懐かしく思いながら少しずつ口に入れた。


 私には前世の記憶があり、今の文明とは全く違う文明を持つ、日本という国に生きていた。


 どのように亡くなったのかさっぱり覚えてはいないが、今の自分の姿からは想像出来ない程、薄っぺらい顔だったのをはっきりと覚えている。 


 拙い記憶だが、三人兄妹の末っ子として育ち、本に囲まれた生活を送っていた。


 物心ついた時には、既に前世の記憶があり、記憶と共に今まで生きてきた。


 お茶の入ったカップを受け皿の上に優しく置くと、小さく息を吐いてから口を開く。


 「母様、お姉様の婚約を早く解消してくださいませ。なぜ未だにあのような輩がお姉様の婚約者なんでしょう。あり得ないですわ」


 私の言葉に、母様は表情を歪めた。


 「貴族と王族の関係をより深いものとするならば、あの家でなくても良い筈ですわ。そもそも、貴族との関係を今は強めなくとも良いのでは? 先日、お姉様とも話していたじゃありませんか。早く婚約を解消してくださいませ。慰謝料がかかるようでしたら、私が払っても良いですから」


 私は、言いたい事を言ってすっきりしていたが、母様は更に表情を歪めたようだ。もはや、普段からは想像出来ないほど歪めている。


 --------- まるで般若のお面のようね。凄いわ。


 般若のお面て確か---- そうそう、嫉妬や恨みの篭る女の顔なのよね。


 源氏物語で、嫉妬心から生まれた生き霊を退治する為に、般若心境を読んだから、面の名の由来と言われた筈だわ。


 「私を抜きに、話を進めるのはやめなさい、エレナ」


 お姉様は、ゆっくりとドレスの裾を捌きながら現れて、私の横に腰を下ろした。


 スッキリとした水色のドレスを見に纏い、エメラルドのような瞳と、美しい銀の髪を纏めたお姉様の姿は、まるでグリム童話に出てくるお姫様。


 ---- やっぱりお姉様にあいつは勿体ないわ。


 「どうせ、あの人が何かエレナに言ったのでしょう? エレナは私の事が好きですものね。でも、そんな人でも私は受け入れているのよ。幼い頃からの、婚約者ですからね」


 不貞腐れていたが、お姉様が膨らんだ私の頬を指で突いて、もうやめなさいっと笑ったので、機嫌を直す。


 「アリステア、本当にこのまま婚約をしていて良いのかい? 婚約を破棄しても、私は良いんだぞ?」


 父様が、お姉様をジーっと伺うように見ながら、問いかけている。


 「えぇ、私は女王にならなくてはいけませんから、宰相様のご子息との結婚は有難いですわ。今は貴族との関係は良くても、いつ変わるか分かりませんからね。恋とかより、国民を第一に考えますわ。」


 お姉様の決意は固く、婚約破棄については拒否をした為、この場は解散となった。


 お姉様が退室したのを確認し、父様と母様へ体を向き直す。


 「私はお姉様の婚約を、絶対! 無くして見せますわ。国民を思う気持ちは大事ですけど、お姉様が幸せでなくては意味がないですから。私のやる事に、口を出さないで下さいませね? それでは、父様、母様ご機嫌よう。お休みなさいませ」


 訓練されたカーテシーをして、目線を床に下げる。二人から返事は返ってこなかったので、後ろに振り返りそのまま退室した。



-----------


 「パタン」


 扉が閉まる音が聞こえて、我に帰る。


 あの子は誰に似てああいった性格になってしまったのか、祖父や、祖母といった顔を思い浮かべるが、全く結びつかない。


 「あなた、あの子はこういった時に限って、どうして頭があんなに回るのかしら。最近思うのだけど、愚妹というより真っ黒な策略家のようだわ」


 「そうだな。だが私達にとって可愛い子供だ。今年から学院に行くのだし、見守ってやろう」


 「そ、そうね。アリステアよりあの子の婚姻の方が心配だわ、見た目と違いすぎるもの」



 ダガリー王は、アマリーリアをきつく抱きしめる。


 二人の可愛い子供達の行く末を案じながら、ゆっくりと目を閉じた。


楽しんで貰えたら嬉しいです。 読んで頂き有難うございます!

 

般若の面は、般若坊という僧侶が作ったところから名がついたという場所もあります。


源氏物語からの一説を詳しく言えば、葵の上が六条御息所の嫉妬心に悩まされて、その生怨霊にとりつかれた時、般若経を読んで御修法みずほうを行い怨霊を退治したからみたいですね。



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