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第3話 陰陽師、神社で話を聞く

「――犬の幽霊が出るという話でしたね」


 成明が訪れたのは、川崎市の住宅街から少し外れた場所にある、小さな古い神社である。陰陽道の開祖安倍晴明ゆかりの神社ということで、鳥居には星型――五芒星が刻まれている。別名を『晴明桔梗』とも言う、魔除けの印である


「ええ、そうなんです。十日くらい前から境内で深夜、犬の幽霊を見たという話が出まして……」


 神社の社務所内で成明に丁寧に説明してくれているのは、この神社の宮司だった。成明と違って、羽織袴姿の正装である。白髪が目立ち始めているが、そのたたずまいは凛としていて、年齢を感じさせなかった。どこかの陰陽師と違って、毎朝のお勤めもしっかりとこなしているのだろう。


「犬の幽霊というのは、具体的にどのようなものなのか分かっているんですか?」


「それがどうにも、見たという人によって、バラバラなものですから……。鬼のような凶暴な大型犬を見たという目撃情報があったかと思うと、可愛らしい子犬の幽霊を見たというのもありまして……。なにぶん、その犬の幽霊を見たというのがご老人の方たちなので、話が非常にあいまいなんですよ……」


「宮司さん自身は見たことはあるんですか?」


「いえ、わたしは見ていなんです。深夜に境内の方から、犬の遠吠えのような声が聞こえてきたことが何度かありましたが、それも野良犬だと言われてしまえば、それまでなのですが……」


「ではその幽霊犬の出現によって、どなたかが被害に合ったということはあるんですか?」


「幸い、今のところそういった被害は出てはいないです。ただ、この状態が続いたとしたら、いつかその幽霊犬絡みで事故や事件が起きないかと心配でして……」


「その幽霊犬騒動と関係があるのか分かりませんが、この警察の資料によると、同じ時期に神社で野良犬の死体が見付かったとあるんですが、これはどういうことなんですか?」


 成明は机の上に捜査資料のページを広げて置いた。そこには無残な状態になった犬のカラー写真が何枚も貼られている。


「ええ、実は一ヵ月ほど前から、バラバラにされた野良犬の死体が境内に放置されるということが続いているんです」


 宮司は犬の死体を思い出したのか、顔を大きく歪ませた。


「それで二匹目の犬の死体を見つけたときに、警察に相談したんです。死体の状態から見て、あきらかに人の手によるものだと思ったものですから。でも何も解決しないうちに、三匹目、四匹目と野良犬のバラバラになった死体が見つかって……。そればかりか、今度は犬の幽霊を見たという話まで出てきて……。殺された野良犬と、境内に現れた犬の幽霊とを関連付けて考えたのですが、そのことを警察に言ったら、さすがに刑事さんにあきられましてね。どうすることも出来ずにいたら、とてもきれいな女刑事さんが姿を見せて、この一件は自分の部署で引き受けると言って、すぐにこうしてあなた様を呼んでいただいたところなんです。まさか安倍様に来ていただけるなんて、光栄極まりないです。その筋ではとても力のあるお方であると、いろいろとお聞きしておりましたので」


 成明を見つめる宮司の目には、絶対的な信頼がうかがえる。


「そんなことはまったくないんですけどね」


 成明は苦笑を浮かべて、自分の話題を流した。


「ぼくの話はおいといて、他に事件に関係するような話はありますか?」


「今回の事件と直接関係があるかどうか分かりませんが――」


 宮司はなにかを思い出すかのように話を切り出した。


「実は三日前に川崎の駅前で交通事故があったんです。その事故で高校生が一人亡くなっているのですが、事故の目撃者の証言によりますと、高校生はなにかから必死に逃げようとして、車道に飛び出したということなんです。そのなにかというのが、どうやら犬だったらしいんです。もっとも、近くにいた人間は誰一人その犬を見ていないそうなんですが……。結局、歩行者信号が赤だったということもあって、飛び込み自殺ではないかと警察では見ているようですが――」


「交通事故ですか。警察の捜査資料にはその事故のことは載っていなかったけど――。とりあえず、神社に現れる幽霊犬に、バラバラにして殺された野良犬、そして、見えない犬に追われて交通事故にあった少年。これだけ材料があるので、あとはこちらで調べてみます」


「どうか本当によろしくお願いします」


 その場で深く頭を下げる宮司であった。


  

 ────────────────


 

 社務所を後にした成明は境内を歩きながら、改めて捜査資料を開いて読み直した。


「交通事故の件については、あの女刑事さんに聞いてみるか。目撃者に話が聞ければ一番いいんだけど。ただ、あの女刑事さんにこちらから電話するのは、苦痛以外のなにものでもないんだよな」


 端正な顔を心底嫌そうに歪める成明であった。

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