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思想啓発ポスターを前にしたある男の所感

作者: 小村

 すげえ!男女差別だ!ジェンダーだ!

 女性差別主義者の俺は快哉を叫んだ。


 完全男女平等社会健全育成推進法案が可決したのち、ついに『完全男女同権平等雇用教育機会均等スーパーウルトラハイパージェンダーフリー社会』の実現に成功した我が国ニホン。そう、西暦にして20XX年の我が国ニホンにおいて、このような貼り紙を見た。見てしまった。そのことに俺は痛快な感動を覚えていたのである。



 文面はこうだ。明朝体フォントがマナー界の覇権を握っているこのご時世に、江戸前な勘亭流フォントで、でっかくプリントされたその男尊女卑的なメッセージは、見る者の心にある種の清涼感を与えていた。



「鳶にドカタ 男の職業 女は下がりな」と。



 『男の職業』。『男の職業』である。

 体力的に恵まれていた男性にしかできない肉体労働は、男女平等を推進する一部の思想家集団の過激派から憎まれていた。

 男にしかできない仕事がある。こんな事実は認められない。そのため、彼らは『男の職業』を滅ぼすことにした。肉体労働者に代わる最新のロボット労働者の導入である。


 男の職業は滅んだ。その「職業浄化」の過程で、資本家たちはロボット労働者の優れた経済性に気づいてしまった。


 彼らは、男女問わず、可能な限りの労働人口を、ヒトから正確無比な機械労働者に置き換えていった。ブルーカラーたちの職は機械に犯されていた。

 そして、2090年代には、ブルーカラーという言葉は、労働者ではなく青いペイントを下品に塗られたロボットを意味するものに代わってしまった。


 筋肉質な労働者は市場から消えてしまった。残るのはロボットとホワイトカラー。

 4:6の男女比で社会の上部に鎮座する、一握りのホワイトカラー労働者たちを除いて、今の日本ではスーパーウルトラハイパージェンダーフリーで男女等しく職がなく、スーパーウルトラハイパージェンダーフリーで、男女等しく貧乏なのであった。


 てなわけで、現状がうまくいっていないと庶民が世直しを叫ぶのは必然である。

 結果として庶民たちは男女平等時代以前への逆戻り、つまり男女平等主義への傾倒が過熱した令和時代以前への「懐古」を求めたのである。


 ここで、ある問題が起こる。

 庶民たちは思ったのだ。「ではいったいいつの時代を懐古すればいいのだろうか」と。


 初期は、封建時代への懐古を望むものが多かった。

 完璧な男尊女卑で思想的にも隙がなく、また「士農工商」と呼ばれる分業社会は、職を持たない彼らにとって魅力的だった。

 しかし、ある事件をきっかけに彼らの勢力は衰えを見せる。


 きっかけは、インターネットに投下された、男女二人の政府高官の会談の隠し撮りである。

 動画の内容は以下の通りだ。

 もう50にも差し掛かる二人は、もはや着る者のいなくなったニホンの伝統衣装「キモノ」に身を包んでいる。

 これだけでも、「懐古派江戸趣味思想」の人間たちにとっては衝撃的だった。自分たちにとって反権力の象徴である「キモノ」に、あろうことか体制側の男と女が袖を通していたのである。


 だが、本当の衝撃はここからだった──


 以下、音声……


「よいではないか~。よいではないか~」(男、女を抱き寄せる)


「お代官様、イケませんことよ」(女イヤイヤする)



 ……余談だが、この時点で彼らを裁いた検察も、この二人の政敵たちも、そして江戸時代への懐古を掲げた草の根の活動家たちも、つまりはこの動画を見た日本国民全員が、このあとに続く展開を予想してめちゃくちゃうんざりしたらしい。

 余談了。問題の動画音声に移る。



「よいではないか~」(男、女の帯を掴む)


「あ~れ~~~~~~」(女、帯が脱がされると同時にクルクルと回転する)


(映像、ブラックアウト。よかったね)




 ……そう、『お代官プレイ』である。

 あろうことかこの男女平等を掲げる政府の、重要なポストに就く者が、男女の交際を行っていたことに加えて、前時代的な『お代官プレイ』を行っていたことが明るみに出たこのショッキングなスキャンダルは、なんというか、こう、政権にダメージを与えたり、まあ、うん、史学を志した青年が法学部に転学科したり、うん、まあ、アホくさかった。


 アホくさかったのだ。

 想像を絶するほどアホくさかったのだ。


 この「アホくさ」の機運は、反政府懐古趣味派の人々に思わぬ影響を与えることとなった。



「なあ、江戸時代ってさ、アホくさくないか?」


 これはある反政府主義者の一言である。

 これが、当時の懐古趣味の人間たちの間に漂っていた空気だ。


 自分たちの思想的な拠り所が、敵に、特殊プレイのネタにされてしまった。

 これで「アホくさ」と思わない人間がいるのであろうか。


 と、いうわけで懐古という方向性で進めるにせよ、その時代を封建時代に置く、という思想的勢力は下火に、下火にへとなっていった。


 今はそんな時代である。

 じゃあさ、封建時代がダメなら、どんな時代に立ち返ればいいんだろうか?

 思想的拠り所を求めて人々は、いや、俺は彷徨っていた……。


 ここで、話は冒頭に立ち返る。


「鳶にドカタ 男の職業 女は下がりな」


 このポスターのメッセージに、俺はある種の真理を感得した。


 男たちが肉体労働で、日本の明日を切り開いていった高度経済成長期を……。


 夫が筋肉で明日を掴み、妻は家で家庭を守る。

 これだ、これしかない。

 この時代だ。『男の職業』があった時代だ。

 この時代って、えっと、1960年代だったっけ、昭和60年代だったけ。


 ……長々と危険思想のポスターの前で考え事にふけっていたのが良くなかった。


「ピピ。ピピ。危険思想・アジテート・ポスター確認。排除シマス」

「排除」

「排除」

「排除」


 気がつくと、四台の治安巡視警察ロボがアームを伸ばし、反政府イデオロギー的な「男の職業」ポスターを「排除」していた。


「やめろ!そいつは次のニホンの柱だ!」


 訳も分からない情熱に背を押され、俺はロボを止めようと駆けた。

 そこにあるのは、ニホンの柱。思想的なニホンの柱。

 高度経済成長期。俺たちが懐古し、立ち返る時代。

 で、高度経済成長期って、1960年代だっけ、昭和60年代だっけ?

 

 しかし、時すでに遅く、貼り紙は、例のポスターのあった場所は、綺麗に「清掃」されていた。


「ああ、ああ……」


「公務執行妨害ヲ確認。直チニ『排除』シマス」


 打ちひしがれる俺に、無情な機械合成音声が降り注ぐ。

 警察ロボは、「犯罪者になった」俺に、銃口を突き付けていた。


 ああ、俺は死ぬだろう。

 理解した。そして使命を理解した。

 俺はこのポスターの内容を唯一知っている人間だ。それ故に、俺が死ぬ前に、俺が知った「立ち返るべき時代」をほかの人間に知らしめねばならない。


 照準が、俺の心臓に定まる。

 ああ、高度経済成長期って1960年だっけ、昭和60年代だっけ……。


 俺は叫ぶ。


「昭和60年代万歳!!!!」と。


 そして一発、乾いた音がニホンの空に響いた……。





 ……。




 「昭和60年代万歳」と叫んだ男が、警察ロボに銃殺される映像は、ニホン中のインターネットを駆け巡った。

 このショッキングな映像は、若者たちの胸に政府への怒りを植え付けるとともに、全ての反政府主義者に彼らが立ち返るべき時代を指し示したのだ。


 ────革命の火を。昭和60年代に立ち返ろう。


 次のニホンはきっと、バブリーになるだろう。

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