第5話 終わることのない悪夢
「そ、そんな……」
武闘家は地面にへたり込む。
世界で最も優れた魔法使いが「打つ手なし」と言い切ったのだ。もはや、自分たちではどうすることも出来ないのだと悟った。
身体を動かすことも出来ず、言葉を話すことも出来ず、悲鳴も助けも呼ぶことも出来ず、時間の流れも感じることが出来ず、生きながらに全身が朽ちていき、その想像を絶するような苦痛をこれから先、永久に受け続ける――。
勇者は、永遠に終わることのない悪夢を見始めたのだ。
魔法使いは己の無力さに苛立ち、悔しげに唇を噛み締め、顔を俯かせている。
己の無力さに苛立ちを感じているのは武闘家も同様だった。
そして、人間はこういった耐え難い絶望を、哀しみを、無力さを感じた時。
――憤怒で塗り潰そうとする。
「なんで!?なんとかしてよ!あなた、世界一の魔法使いなんでしょ!?」
「そんなこと言っても出来ないんだからしょうがな――ッ!!!」
魔法使いは突如、その表情を凄まじいまでの恐怖に染めた。
顔から血の気は引き、全身が細かく震えている。その揺れる視線は、武闘家の後ろに真っ直ぐ固定されている。
まるで、視線を逸らしたいにも関わらず、何かがそれを拒んでいるかのように。
武闘家はゆっくりと振り向き、そして、視界に飛び込んできた光景に思わず小さく悲鳴をあげた。
彼女達の視線の先には――。
仰向けに転がっている、目を見開き強ばったままの勇者の顔を、感情の消失した恐ろしいまでの無表情でじぃと覗き込む神官がいた。
理解が追いつかない。
一体どこから現れた?
さっきまでは絶対にいなかったと、断言できる。
転移魔法による移動先を読まれていた可能性が頭に浮かんだが、そんなことはどれだけ魔法を極めようともできることではない。
そして今、武闘家の中の生存本能が、未だかつてないほどに危険信号を鳴らしているのが聞こえた。
今、彼から視線を逸らせば、殺される――。
言葉で説明できない、いくつもの死線をくぐり抜けてきた者が身に付ける、第六感というものがこの日初めて役に立った。
この第六感は、武闘家の死の可能性と同時にあることを告げていた。
――殺らなければ、殺られる。
武闘家がそれを理解した時、足は既に神官の元へと動いていた。
常人が見ればその場から忽然と姿を消したように見えるであろう超人的なスピードで、神官に急接近し武闘家が持つ技の中でも最も威力の高い蹴りをその顔面に叩き込んだ。
その瞬間、蹴りによる打撃音……いや、もはや爆発音と表現した方が良いほどの轟音が響く。同時に、周囲の木々を薙ぎ倒すほどの強烈な衝撃波が襲いかかった。土煙がもうもうと舞いあがる。
神官の姿は見えないが、武闘家は確かな手応えを感じていた。
ニヤリと笑い、土煙が晴れるのを待つ。
だが、しばらくして土煙の中から姿が現れたのは、頭部から血を流している勇者だった。
「――ッ!!!?」
魔法により空中に無理やり固定されていた勇者は、魔法が解かれたことで支えを失った人形のようにどちゃりと崩れ落ちた。
驚愕のあまり目と口を大きく開いたまま、硬直した武闘家と魔法使い。
しかし、武闘家はすぐに我に返り周囲をぐるりと見回した。
そして後ろを振り返ると、あの神官のおぞましいまでの青白く感情の消失した顔がすぐ目の前に現れた。
武闘家は反射的に殴打による攻撃を繰り出そうとした。だが、それよりも早く神官は、武闘家の腹部に魔法陣を展開し――発動した。
瞬間、武闘家の体はその魔法陣に飲み込まれるかのように消えていった。
それを見た魔法使いは全身を震わせ、まともに立つこともままならない。
――次は、自分が殺される。いや、ただ殺されるだけならまだいい。
もしかしたら、今の勇者のように目覚めることのない悪夢を体験し続けることになるか、武闘家のように消されてしまうか。恐らく武闘家も悪夢の中へと引きずり込まれたに違いない。
そんなのは嫌だ。
死ぬ覚悟はこの旅に出た時に出来ている。だけど、こんな死に方は、死ぬことすら許されない地獄を永遠に彷徨うのは嫌だ!!!
魔法使いは震える手足を必死に動かし、足元に魔法陣を展開させた。
この魔法陣は転移魔法。転移先は、この惨劇の全ての元凶と言っても差し支えない、全ての始まりの地……王の城だ。
魔法使いは恐怖からか、仲間を見捨てる罪悪感からなのか、とめどなく溢れてくる涙を拭うこともせず、転移魔法を使用して戦線を離脱した。
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