トイレの神様にお願い(記念日にショートショートを、バレンタイン)
「先輩、好きです! これ良かったら受け取ってください! 私の手作りチョコです!」
「お、おう、ありがとう。俺もお前の事、実は前から……」
山田はテレビを消した。全く下らない。なんなんだ、バレンタインって。製菓会社の策略にまんまと乗せられやがって。ああ神様、このイベント考えた奴にどうか制裁を!
なんかもやもやする。山田はトイレに行こうと立上り、トイレのドアを開けた。
すると、トイレの中にはアロハシャツを着た、頭髪の無い痩せた爺さんが立っていた。
山田はびっくりした。びっくりしすぎてひっくり返りそうになった。
「だ、誰だよ!」と大声で問いかけると、
「とんでもねえ、アタシャ神様だよ」という返事が返って来た。胡散臭い。が、よく見ると全身が光っているように見える。そして
「キミの願いを一つだけ叶えてしんぜよう」と言って来た。またまたーと山田は思ったが、暫し考え込み、え、それじゃあ、と。
「高校の頃好きだった一個上の先輩に会いたい! 会ってチョコがもらいたい!」
と言ったところで目が覚めた。夢か……
起き上がり冷蔵庫を開けるがミネラルウォーターしか入って無い。
とりあえず酒と肴を買いにコンビニでもいくか。山田は部屋着のスウェットの上から上着を羽織り、アパートのドアを開けた。
さっきの夢の所為あり、なんだか無性にチョコが食べたくなってきた。でもコンビニでチョコを買うと、あーバレンタインにチョコがもらえないなんて寂しい奴。悲しい奴。この国に必要の無い奴、等と店員に影口叩かれるに違いない。
実家に行けば母や妹からもらえるかも知れないが、それでは今まで積み上げてきたジェンガの様な自尊心が音を立てて崩れるのは明らかである。キャバクラも然り。
コンビニに着いた山田は、柿ピーやさきいかやビールや缶酎ハイを籠に放り込み、レジへと並んだ。こんな日に限って、いつもの三白目がギラついた学生バイトではなく、初めて見る笑顔がとても素敵な女性がレジに立っていた。少しクラッときた。
店を出て歩き始めると、一人の女性が蹲っているのが見えた。声を掛けようと近づくと、その顔に見覚えがあった。
そこに居たのは誰であろう高校時代密かに好意を寄せていた一歳年上の先輩だった。
「先輩じゃないですか! 何してるんですかこんなところで!」
「あ、山田くん。久しぶりね。実は今日彼氏に振られちゃって。ヤケ酒」
「え? 今日バレンタインですよ?」
先輩は、山田がぶら下げたコンビニの袋を一瞥すると立ち上がった。
「最悪だよー。これからキミの家で飲もう」
え、なんだこの展開。先輩は黙って後ろをついてくる。か、神様! 夢じゃないのか!
その時、スマホのLINEの着信音が鳴った【たまには家に帰ってきなさいよ】お袋からだ。却下。既読無視。すると再び鳴った。
【山田さん、渡したいものがあるの。良かったら店に来てもらえないかな?♡】キャバクラ嬢からだった。これも却下。既読無視。
アパートに着くと、今度は先輩のスマホが鳴った。先輩は電話に出ると、なにやらごそごそ話し、通話を終えた。
「山田くん、ごめんね! 彼氏が謝りたいんだってさ。アタシ帰る!」
「で、ですよね……」
了