『蠢動』
土の中には影とは別の王国があり、死者と生者がいる。
それは墓ではない。時間という名のかせだ。
前者はそれに追憶を委ね、後者には最後の一瞬の夏だけそのかせが解かれる。
その生き物はいつ生まれたのかわからない。
水晶のように透き通った卵から孵化し、精を受けると、卵を産み、死ぬのだ。
夏から秋へ。
薄い卵の殻の下で、神経が生成される。
秋から冬へ。
脳をはじめ心臓など臓器を備える。
冬から春へ。
目、耳、口、鼻、肌──その完璧な配列と五つの触覚が出来上がる。
春から夏へ。
最も重要とされる器官──性器が完成され、集合無意識から生殖の夢を見る。
そこから十六年、眠り続け、初夏のある深夜、月の光を受けて、少女の姿見をしたそれは土の中の夢からさめ、孵化するのだ。
背中から生えた弱々しい羽も数時間で月の青白い燐光を受けて、鱗粉を振りまく優雅なものへと変わる。
羽は振動し、空気の震えとともに、先に孵化した仲間から、あるいは産みの親の亡骸の破片の反射から、脳から脳へと言葉ではない情報の交換がはじまる。
地上で生きていくのに必要な知識。
その伝播は虫の啼く声とよく似ていた。
生まれたての赤子のように白紙だったものに叡智が追加され、その副作用で親から引き継いだ記憶が走馬燈のように甦る。知識を得ることでその意味を思い出すのだ。
大概、彼女達は地上に残してきたつがいの雄のことを思い出し、心の臓を病に冒されたように胸を痛める。羽はその役割を果たし、涙とともに抜け落ちた。
そして、最後には雌としての本能に従い、再び想い人に会いに行くのである。それはこの世で最も美しい詩的生き物であった。
かつて、英国なる地の詩人はこう謳っている。
W・B――脳には叡知、心臓には悲哀、生殖器には美というものを!
『幻影』