『陰影』
おさなごは大人の裸に畏れを抱く。
成熟した肉体に死の影を見るからだ。
彼女は枕の上で寝物語に影の話をした。
「むかしむかし、若い男がいてね、とっても美しい女の人の形をした影を見つけたの。男は影を見初め、ここまで美しい影なら持ち主もきっと美しい人に違いないと彼女を探す旅に出るの」
そして、彼女は様々な苦難が襲いかかる長い旅の話をした。
「男はどうなったの?」
「結局、理想の人は見つからず、年老いて死んでしまったわ。
女の影は影のお姫さまで、最初から実体がなかったのよ。でも、男が死んでも彼の影だけが残ったので、影同士、睦み合うように仲良く暮らしたわ──」
「睦み合う? どういう意味?」
彼女は微笑する。
未熟な体と白い肌がからみあい、睦みあう。
地に落ちる彼の影も彼女の美しい影を犯していた。
そして、互いに求め合うむき出しの性器は彼が考えるより生々しかった。
「生殖はおぞましいの?」
「命は汚濁の中から生まれるのよ。
でも、それそのものがおぞましいものかも知れないわ」
彼女は子を産み落とす。
受胎してからわずか十日。
彼女はお気に入りの詩をつぶやく。
──時が過ぎるのではない。人が過ぎるのだ。
「誰の詩?」
「昔の詩人の言葉」
「子供はどこ?」
「あそこよ」
少女は庭にある木の根元を指す。
全て土に還る。
「この子とは十七年後に会えるわ。だから、その時は必ずここに帰ってきてね。その子を迎えるために。約束だよ──」
彼女は夏の一瞬の幻のように美しい。
そして、多くの、幻惑的で彫刻のように精緻な詩と物語を知っていたが、そのせいで狂っているかもしれないと彼は思った。
次回『墓暴き』