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『生殖』

 夕佳おねえちゃんを初めて見た時、こんな綺麗な人がいるんだとぼくは驚いた。

 ひどく白い肌に黒くて長い髪、深い夜みたいに静かな瞳がぼくの姿を映していると思うとドキドキした。


 ぼくはまだ十歳の誕生日を迎えたばかりの子供で、夕佳おねえちゃんは十七歳だった。

 出会ったのはお父さんの実家に帰った時。


 大きな家の座敷のある部屋で、学校の制服を着て、背中を綺麗に伸ばし正座をしていた。

 親戚の怖いおじさんが一緒にいたせいか、ずっと無表情だったけど、すごく姿勢のいい子だとお父さんも褒めていた。


 その時、ぼくとは一言も口をきかなかったけど、でも、最後に部屋を出る時、目があって一瞬、微笑んでくれたのを覚えている。



 田舎にいる間、ずっとおねえちゃんと遊んでいたと思う。

 ある日、部屋の電気もつけずに、ぼくを後ろから抱きかかえながら、由佳おねえちゃんはぼくにそっとつぶやいた。


「少年の匂いがするね。夏の匂いによく似ている」


「何をしているの?」


「夏を味わっているの」


 おねえちゃんはぼくの匂いをかぎ、首筋に唇を当てながら答える。

 ぼくはおかしな気分になった。

 誰もいない時、真っ暗な座敷の部屋のことだった。



 それから、ぼくたちは内緒で一緒のふとんでよく寝ることが多くなった。

 おねえちゃんは眠る時はいつも裸で、生まれたままの姿になる。

 理由をきくと、これが一番の自然体だからだそうだ。


 鎖骨、乳房、あばら、へそ、背骨、胎盤、心臓の音。

 それらが女の人の体を構成していた。


 そして、流れるような黒い髪がぼくを包み込むように広がる。

 ぼくは白い肌に触れながら、女の人の肌は自分の肌と感触が違うと思った。

 ふとんの中で、ぼくのものと夕佳おねえちゃんのお腹の下の茂みが触れ合う。



 夕佳おねえちゃんは大分、前から親戚の叔父さんのお嫁さんになることが決まっていた。

 ぼくは寂しくなるより嫉妬にかられた。

 それを気づかれないようにぼくは言う。


「結婚するの? 趣味が良くないよ」


「そうね、私もあの人のことあまり好きじゃないわ」


 綺麗な横顔を見せながら


「いいこと、教えてあげようか。このことは誰にも言っちゃ駄目だよ。悠也くんのお父さんやあの人にも内緒」


ぼくはうなずいた。


「おなかの中にはね。赤ちゃんがいるの」


「え、おじさんの子供?」


 おねえちゃんは首を横に振り、そっとささやいた。



──この子は君とおねえちゃんの契りの証明だよ。



 ちぎり、しょうめい──難しい言葉だったので、何のことかわからなかったけど、ぼくにはそれがひどく生々しい言葉に思えた。


 おねえちゃんはその夏の終わりにいなくなり、もう会えないと初めて理解したのは、その次の年の夏になってからだった。

 どうして、いなくなったのか誰も教えてくれなかった。

次回『畸形』

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