『回帰』
死の正体は虚無ではない。あるのは生者との断裂だけである。
後は眠りとよく似ていた。
その意味で、彼女たちの死は肉体的に死滅するが、記憶の結合により死とは呼べなかったかもしれない。
気がついた時、彼は懐かしい場所にいた。
母の心臓の音、血管に血液の流れる音。
羊水のぬくもり。
彼は子宮の中におり、やがて、大地の中に産み落とされることを知った。
そして、ある夏の月夜、彼は土の夢から覚め、生まれ変わる。
同性しか存在しない彼女達にとって、持ち望まれた突然変種。
優美というよりも精悍な獣だ。
血と肉の実感。雄だけが持つ闘争本能と、支配欲にも似た獰猛な性欲。
彼女たちから生まれながらもまた別の生き物だ。
いや、虎の子は虎というべきか。より本来の血統の純度を上げたのかも知れない。
あれからどのくらいの年月がたったのか。
数年か、数百年か? いや、もっとか。
彼は交信される啼き声によりそのことを知る。
しかし、彼にとって時間の流れは興味なかった。
彼は今でも彼女を愛している。
姉であり、恋人であり、娘であり、そして、新たに母にもなった彼女を。
だが、もはや彼には幻想も虚構も必要なかった。
それは忘却の意味ではなく、慈悲と許容、新しい愛し方だ。
──どれ、あれを可愛がってやろう。
彼は若返った肉体を謳歌しながら、同じく孵化した雌を探すため、蝉の鳴く夜の森を歩きはじめた。
了
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