8月5日、オレの耳
『うー、痒い痒い痒い・・』
オレは夢中で耳をかいていた。昨日ご主人が爪の手入れをしてくれたお陰で、ちょうどいい感触で耳がかける。
「レオ、耳が痒いのか?」
『ああ』
オレは動かし続けていた足を止め、そうこたえた。
「虫でもいるんじゃないのか?」
『いないよ』
「だって、昨日お風呂入ってないだろう」
『ネコは毎日入らなくていいの』
「何でさ?」
『いちいち毛を乾かさないといけないから、めんどくさいだろう』
「ふーん」
『うー、痒い痒い痒い・・』
「僕がみてあげようか?」
『遠慮しとく』
「みてあげるよ」
『いいってば!』
「よっと!」・・あっ、耳をつままれた!
『痛っ痛っ痛って・・ニャー!』
オレはそう叫んで、一目散に逃げ出した。
オレの耳は人間よりもはるかに優れている!もちろんあの犬よりもだ。
仕事から帰ってくるご主人の足音だって、ずっと遠くの方からでも聞こえる。だから先回りして玄関で出迎えてやると、ご主人はそれだけで上機嫌!ご飯の品が一品増えることもしばしばだ。
それにしても痛かったなあ、翔太のやつ加減ってもんがわかってない!
水でも飲むか!
水を飲むときも、オレは翔太の動きに注意を払うべく、両耳のセンサーは緊張させてある。そう、まさしくパラボラアンテナのように!
するとオレのパラボラアンテナはすぐに反応した!何かいる。
ブーン・・蚊だ!
それにしてもこの羽の音、気色ワルい。たまに、眠っているオレの顔の前を横切ったり、この前なんか鼻の頭にとまってオレを挑発しゃがって。
そういえば翔太の気配がないな。さっきまでオレの耳を引っ張ってたのに・・。
ブーン!
ちぇ!まだ飛び回ってるのか蚊のやつ。
オレのパラボラアンテナは、仕方なく蚊の羽の音を追っている。ときたまオレの体にも針を刺そうとするが、今日はそんなこともなさそうだ。そしてオレは、涼しい玄関に再び戻るため、方向を変えようとしたとき、蚊の羽の音がピタリと止まった!確かこっちの方向を飛んでたはずだけどなあ・・。オレはパラボラアンテナの感度を最大限にした。
すると
ブンっ。
オレのパラボラアンテナは、その一瞬のわずかな音を見逃さなかった。振り向くと、座布団の上で昼寝をしている翔太の頬っぺに、あの蚊がとまっていた。
それを見たオレは、一瞬のうちに加速し、翔太に向かった。危ない!翔太があの吸血鬼に襲われてしまう。
そして駆け出したオレは、翔太の頬っぺの吸血鬼に向かって、おもいっきりダイブした!
よし!手応えありだ。
オレは軽やかに身を構え、獲物を確認。オレの手の肉球には、ぺしゃんこに潰れた吸血鬼のあわれな姿があった。血のにおいはしない。よかった、間に合って!
「ギャー!、うえーん!」
俺が勝利の余韻に浸っていると、突然翔太が大声で泣き出したのだった。
当然、何事かと翔太の親、つまりオレのご主人が駆け寄ってきた。
慌てて抱きかかえられた翔太の頬っぺには、とんでもないものが残っていたのだ。それは、オレの肉球の痕!オレの必殺の一撃の痕がハッキリと残っている。
ヤバイ!
抜き足、差し足、忍び足・・オレは音もたてずに踵を返した。
すると
「こら、待ちなさい!」
人間の言葉でそう叫んでいるのはもちろんご主人だ。
オレは、恐怖に震え耳を折った。
「☆※★☆★※・・・!今日はご飯抜き」
大声で叫ぶご主人の言葉はどれも理解不能だった。最後のセンテンス以外は。
そんなしょんぼりいじけるオレの耳に、ネコ語が届いた。
「助けてくれてありがとうレオ。僕ビックリしちゃって泣いちゃったけど、レオが僕のために蚊をやっつけてくれたんだよね。でも僕、人間の言葉がまだ苦手で、うまく説明できないんだよ。ゴメンね」
『うん、オレなら大丈夫!それより頬っぺ痛くなかったかい?』
「うん!」
オレはそんな翔太の言葉が嬉しくて嬉しくて・・
『ゴロニャー!』