サヨナラ
肉球の火傷から半年が過ぎた頃、この家に新しい顔が増えた。
それは翔太の時と同じように突然やって来た。
翔太と会話をしなくなってからも、半年が過ぎたことになる。
それはただ普通の状態に戻っただけなんだと、オレはオレに必死に言い聞かせた!
新入りの名前は駿と言うらしい。翔太が一生懸命考えてた名前は採用されなかったみたいだ。
オレは最近、空を見上げることが日課になっている。雲や月や星を眺め、ぼーっとしてるんだ。
そしてたまに思い出す。翔太とネコ語で話していたあの頃のことを・・。
翔太はオレをあまりかまってくれなくなった。一度も振り向いてくれない日だってある。あーあ・・空しいなあ。
そして、駿がこの家にやって来てもうすぐ一年が過ぎようとしている。
それなりに賑やかな家族団らんの日々 。しかしオレは、ご飯を食べ終えると、お気に入りの玄関にひとり向かうのだった。
そしてそれは、雨の続くじめじめした日のことだった。
オレはひとり空を見ていた。月も星も、今夜は姿を見せてはくれない。
すると
「レオ君だよね!?」
オレは一瞬ドキッとした!それは懐かしいネコ語。
翔太がまたネコ語を思い出したんだ!オレは嬉しさいっぱいに振り返った。
あれ?
しかし、そこにいたのは翔太ではなく駿だ。翔太はどこにいるんだ?
オレは辺りをキョロキョロと見回した。
「翔太ならテレビ見てるよ」
『そう・・えっ!?』
「だから、テレビだってば!」
『じゃあ、今ネコ語でしゃべってるのは・・?』
「僕だよ」
久々にオレはぶっ飛んだ!
その状況は翔太の時と似ていた。人間の言葉はほとんど喋れないのに、ネコ語は完璧にマスターしてる。あり得ないような出来事が、翔太と駿に続けて起こったのだ。二人ともオレの目の前で・・。
だけど、翔太は人間の言葉を覚えていくにつれ、ネコ語が話せなくなっていった。それは今後の駿にも起こることなのだとオレは直感していた。
「ねえ、レオ、遊ぼうよ」
『髭を引っ張るんだろ!』
「あれ?何でわかるの」
『オレは人間の心がわかるのさ』
「そうなの!」
『ああ』
ホントは翔太がそうだったんだよ。オレの髭をよくいたずらしたもんだ。だからわかるんだ、翔太の弟の駿が何を考えているのかをね。
オレは最近動くのが億劫なことが多くなった。昔はカーテンに駆け登ったり、翔太と鬼ごっこをしたりと動き回るのが大好きだったけど。このところのオレは、寝てばっかりだ。駿が遊ぼうってやって来ても、半分は断ってる。ごめんよ、そう思いながら。食欲もあまりないし、オレも歳かなあ・・。
ん・・どうも腹の調子がおかしいな。
「レオ、遊ぼうよ」
『駿、ごめん・・』
「レオ・・」
『・・・』
オレは言葉を出すのも辛く、目を閉じていた。
駿がオレの異変に気づき呼んでくれたのだろう。すぐにご主人がオレのもとにやって来てくれた。そしてオレは、ゲージに入れられ病院へ行った。しかし・・。
オレはネコだ。本来は野生に生きる獣。その獣の本能が、オレの命の限界を教えていた。
家に戻ると、先ほどよりわずかに気分がいい。目を開け、耳をたて、髭をピント伸ばしオレは立ち上がった!
「あっレオ、元気になったのかい!?」
『ああ、さっきよりはな』
「よかったあ!」
『ごめんよ駿、心配掛けたな。でもな駿、オレにはもうあまり時間がないんだ』
「どういうこと?」
『・・・・』
「レオ・・」
どのくらい時間が過ぎたのだろうか。オレの体力はすでに限界だった。
「レオ、レオ・・」
かすかにオレの名を呼ぶ声がする。駿がそばにいてくれてるのだろうか。
「レオ、僕だ。レオ・・」
『翔太、翔太なのか!?』
「ああ」
『お前また、ネコ語が喋れるように?』
「いや、今は心の言葉で話してる」
『心の言葉で?』
「お前にありがとうが言いたくて」
『翔太・・』
「もういってしまうのかいレオ?」
『ああ、その時が来たみたいだ』
「そうか」
『サヨナラだ!翔太』
「・・・・」
『そうだ、駿がネコ語で話してくれてたんだ!』
「そうみたいだな」
『知ってたのか?』
「うん」
『駿にもありがとうって伝えてくれ』
「わかった」
『それから翔太、オレは一旦命を終えるが、きっとまた戻ってくる!きっとだ』
「うん」
『その時はまたネコ語で喋ってくれ!』
「ああ、約束する!」
『ありがとう翔太。また会おう・・』
「またな!レオ」
こうしてオレの命は一旦尽きた。それから風になり、水になり、オレの魂は土に還っていった。
それでも月日は自然のままに流れ時を刻んでいた。
『ニャー、ニャー、ニャー・・』
「翔太、今ネコの鳴き声しなかった?」
「駿も聞こえたか!?」
「うん!」
「よし、行ってみよう」
『ニャー、ニャー、ニャー・・』
「こっちだ!」
「あっ!翔太あそこ・・」
駿の指差す方向には、ちっちゃな子猫がこっちを見ている。
「レオか?」
「レオなの!?」
そして
『ニャー、ニャー・・二人ともネコ語が上手だな!』
「レオ、お帰り!」
「お帰りレオ」
『ただいま・・ゴロニャー!』
完




