主治医。
看護師に呼び止められた勝が、今なら時間があることを伝えると、すぐに個室に通された。どんな話があるのか、気が重いが、聞かないことには仕方ない。重い足取りで個室に着くと、主治医がパソコンの画面に向かっていたが、勝が部屋に入っていくと、すぐにソファに移動して、勝と向かい合った。
「村木芽衣の夫です。お世話になっております。」
「主治医の石黒保です。奥さんの容態についてご説明します。」
「はい…。」
もうしばらく、安静が必要なので、少なくともあと半月は入院が必要だということ。胎児は不安定だが、芽衣の体調は落ち着いてきているという内容だった。
「ところで…。」
「はい…。」
まだ何かあるんだろうかと不安そうに返事をする勝に主治医が言う。
「まだ気づいてないんですか、先輩?」
勝がびっくりして顔を上げると、石黒保はおもむろに眼鏡を取り出し、着け、微笑った。
「石黒?…あ!」
「お久しぶりです。」
石黒は勝の2年後輩だ。人懐っこいので、よく覚えていたが、高校生の頃はいつも眼鏡だったから、眼鏡をしていない顔ではピンと来なかったのだ。
「芽衣先輩は僕のこと知らないみたいですね。」
「だろうな。ところでなんでお前が芽衣のこと知ってるんだよ?」
「そりゃ有名ですよ。あの勝先輩が頭の上がらない唯一の相手ですから。前回のOB会にも出席されてましたよね。」
勝は厳しい先輩だったので、恐れていた後輩も多かったのだ。
「ああ。お前、あの日、来てたか?」
「居ましたよ。先輩が芽衣先輩と消えたのも、覚えていますから。」
ニヤリと笑う石黒だった。
「実は、あの少しあとから、また会うようになって…。」
ちょっとバツが悪そうに勝が言う。
「スタッフの間でも、先輩の献身ぶりは有名ですよ。あの頃の伝説を思い出します。」
石黒が微笑む。
「さて先輩。ご出産は、どこか別の産院をお考えですか?本来なら当院での出産が僕らとしては望ましいのですが、経過しだいではありますが、ご希望があるなら紹介状を書きますよ。先輩には可愛がって頂いたので。」
「ありがとう。相談しておくよ。」
「芽衣先輩が落ち着いたら、飲みに行きましょう。久しぶりに勝先輩とゆっくり話したいです!」
「そうだな。じゃあ名刺交換しとくか。」
石黒の部屋を後にして、買い物を済ませて病室に行くと、芽衣が紅茶を飲みながらマカロンを食べていた。紅茶を自分で淹れたようだ。
「動いたらダメだろう?」
「お茶を淹れるくらい平気よ。」
「目を離すとコレなんだから…。ところで、主治医と今、話してきた。もう少し経過を見たいって。」
「そっかー。さすがに10日そこそこじゃ帰れないよね。」
「そうそう。主治医の石黒保、後輩だった。俺の2年後輩。」
「そうなの?全然知らなかった!びっくり!」
「石黒は最初から芽衣にも俺にも気づいていたらしいぞ。」
「えー?私、石黒くんなんてわからないのに~。」
…あ。産院のこと話そうかな。いや、もう少し経過を見てから話した方がいいかな。
ひとしきり驚いている芽衣はすっかり元気そうで、ホッとする勝だった。
…お腹が目立ってくる頃には、退院できるかな。
そろそろ芽衣の手料理が恋しい勝だった。