グランマとお呼び。
「芽衣。よかったね。」
翌朝、芽衣の母、裕子がやってきた。満面の笑みで、たくさんの手土産とともに。
「…まだ安心できないし、しばらく病院だけどね。」
「大事にしないとね。ところで、ここ、いいお部屋ね~。勝くんにワガママ言ったんじゃないの?ダメよ。」
「勝がやったんだよ。私は普通の個室で充分だって言ったんだけどさ。」
「勝くん、優しいもんね。」
お茶を淹れながら裕子が言う。
「ちょくちょく顔を出すようにするから、欲しいものがあったら言いなさいね。」
「ありがとう。思い出したら言う。」
そう。この部屋には、ありとあらゆる物が揃っているのだ。買い物依存症になったのかと思う勢いで勝が色々と買い揃え、母子手帳も交付されていないのに、ハンディカムまで買ってきてしまったのだ。キッチンには、ル・クルーゼの鍋もある。これも勝のお見立てで病室用に新しく買ってきた物なのだ。それを見つけて裕子が見とれている。
「可愛いお鍋ね。こんな鍋があるのね。…アンタまた勝くんに…。」
「“勝くん”が買ってきたのよ!ル・クルーゼなら、家にあるのを持ってこればいいのに。」
「へえー…。」
今日は、勝の行動にいちいち驚く裕子だった。
「ところで、名前は、どうするの?」
裕子がワクワクと訊く。
「“勝くん”が本を買ってきて考えてるみたいよ。」
「そっかー。お父さんが、名前をつけたがってるのよね。ホラ、麻衣の時は、あちらのご両親がつけてくださったでしょ。一緒に考えることもできなかったから。」
麻衣とは、芽衣の2歳違いの姉で、子供は2人いるが、もう2人とも中学生である。そういえば、そんなこともあったな、と思い出す。
「…まあ、勝には伝えとくよ。」
勝の両親が何も言ってこなければ、交渉の余地はあるが、自分たちで考えたいとも思う。
「そうだ。あとね。“グランマ”って呼ばせるようにしてくれない?」
「はぁ?」
…麻衣の子供達は“おじいちゃん”“おばあちゃん”って呼んでるのに?
「呼ばれてみたいの。“グ・ラ・ン・マ”!お願い♡」
…勝といい、お義母さんといい、この人まで!みんな、アタマに花が咲いているようだわ。
このところ、回りの浮かれように驚いている。花どころか、蝶まで飛んでいそうな勢いに、子供ができると、こんなに嬉しいものなのかと、客観的になってしまっている。
「ちょっと横になるね。」
芽衣が動悸が始まったので、横になると、裕子が時計を見た。
「あらあら。もうこんな時間。グランマはそろそろ帰りまちゅね~。」
“グランマ”が芽衣のお腹に手をふって帰ろうとした時、ドアが開いた。勝がやってきたのだった。
「あらあら。勝くん!この度はおめでとう。もう仕事は終わったの?」
「ありがとうございます。お義母さん。ご無沙汰しています。今日は早く上がってきたんです。」
勝が頭を下げると、“グランマ”はますます笑顔になる。なかなか会えないが、お気に入りなのだ。
「時々は、うちにも顔を見せに来てね。お父さんも会いたがっているのよ。」
「ありがとうございます。」
「さて、“グランマ”は今度こそ帰りまちゅね~♡」
改めて芽衣のお腹に手をふって“グランマ”は帰って行った。
「“グランマ”?」
足音が遠ざかるのを確かめてから勝が口を開いた。
「呼ばれてみたいんだってさ。」
「お義母さん、かなり浮かれてるなあ。」
…勝、アンタもだよ。