保留。
「さてと。」
芽以はベッドからそっと降りた。勝がいると、一挙手一投足「ああ、そんなことは…!」と言われるので必要以上に安静にしていたのだ。友達が見舞いに来ると、お茶を出してくれるので、「良い旦那さんね。」と言われるのは、まんざらでもないが。
“勝負”に行った勝がどんなモノを選んでくるのか、なかなか楽しみである。しかし、どんなにツボなモノを選んできても不合格を出すつもりだ。仕事に戻らせるためである。せっかくの事務所があって、ついてきてくれるスタッフだっている。なのにソファで昼寝までしている。仕事にこれ以上、影響させる訳にはいかない。
「芽衣の意地悪…。」
一方、勝は品物がたくさん入ったカートをお伴に、マタニティウエア売り場の下着コーナーで困り果てていた。サイズは聞いてきたし、余裕だと思ったのだが、下着だけは、マタニティ用だろうが気恥ずかしい。この中から、よく考えて選ぶには、回りの視線が気になって仕方ない。芽衣のニヤリの意味がやっとわかった。パジャマやスリッパは、なんとかイケそうなモノが見つけられた。マグカップにいたっては余裕と見ている。勝は、芽以が好きなモノ、「可愛い!」というモノをかなり観察してきたので、モノトーン好きな割には、可愛いモノも好きだってことも熟知している。しかし、しかしである。
…こんなとこで赤面してたら、俺って変態みたい。職務質問されたらどうしよう。
「アンタ、何してんの?」
…ヤバッ!
女性の声に驚いて、姿勢を正す。恐る恐る振り返ると、そこに居たのは勝の母、依子だった。
「なんだよ。びっくりさせんなよ。」
かなりバツが悪いので、なおさらぶっきらぼうになる。
「遠くから似た人がいると思ったら。ここ、妊婦さんのコーナーよ?…あ。…もしかして、そうなの?」
…しまった。連絡してないんだった。
そう。なぜか二人して、友達には知らせても、実家に知らせていなかったのだ。
「ああ。まだ安静状態だけどな。」
「どうして早く言わないの!」
「どうしてって…。」
「もう、アンタって子は!」
言うが早いか、依子はカートを奪い取るようにしてレジに行き、支払いを済ませてしまった。
「勘弁してくれよ。まだ途中だったんだから。」
「何?下着?私が選んであげるわよ。」
サイズだけは確認してくれたが、素早く選ぶ。
「やめてくれよ。婆さんの下着じゃないんだから。」
それは絶対に芽衣が好まないデザインだった。しかし依子は譲らない。
「女同士の方が、わかり合えるのよ!」
またしてもレジに突進していってしまった。
依子は芽衣が大変気に入っている。娘がいないので、娘のように思ってくれている。それはありがたいことだが、今回は勝負がかかっている。
…とにかく、退散しよう。夕方から仕事行かないと。
実は勝は夕方から深夜は、事務所で仕事をしているのだ。寝ずに病室に行く日も多い。心配かけまいと芽衣に話していないのだ。
勝が帰ろうとすると、依子がついてきた。
「お茶菓子も買って帰りましょ。…あ。つわり、どう?」
「思ったより軽いみたいだよ。てゆーか、なんでついてくるんだよ?」
「たまには会いに行ってもいいじゃない?アンタが独り占めして、会わせてくれないんだもん。」
「お帰り。苦戦したようね。」
病室に戻ると、芽衣がニヤニヤしていた。そこに、依子が満面の笑みで現れた。
「おめでとう!体調どう?大変だったわね。」
「お義母さん!ご無沙汰しています。」
芽衣が面食らったまま頭を下げると、依子はケーキの箱やら、下着が入った袋やら矢継ぎ早に渡す。
「肌着のコーナーにいたら、見つかっちゃってさ。」
「遠くから見かけて近づいてみたら、肌着の前で赤くなってモジモジしてたのよ。肌着は私が選んだの。」
「あ、ありがとうございます…。」
依子にお礼を言いながらも、勝にニヤリと目配せをする芽衣。
このニヤリにイヤな予感を感じ取った勝だった。