第7話
エルザから剣を習い始めてから1週間が経過し、ついに外の世界へと旅立つ日が来た。
偶然なのか、クラスメイト達も今日城の外へと出るらしい。聞いた話では魔物の駆除を行うそうだ。
魔物というと危険なのではと思うだろうが、今回討伐する魔物は野生のイノシシと大して変わりないらしい。魔物の中でも最弱の部類だとか。そのため、訓練を受けた者ならば死ぬようなことはまずないとのこと。
ただ戦闘力は弱い反面、繁殖力が強いらしく、何でも食べるので農業を営んでいる人達には天敵と言われている魔物だそうだ。こういう知識があるのもあらゆる分野を親身に教えてくれたフロストのおかげだろう。まあ魔物討伐に行くクラスメイトが話しているのを耳にしたのも理由だが。
「……今日でお別れか」
宿舎の自室で荷造りをしながらふと考える。
今日エルザと共に旅に出れば、当分の間はフロストに会うこともなくなるだろう。いや、彼だけではなくクラスの連中にもだ。
聞いた話では魔物を討伐するに当たって長い距離を移動するらしく、革製の袋と果実といった食料に水が入った丸い水筒が支給されたと聞いた。
討伐対象が最弱の魔物とはいえ、戦いに絶対はない。今日を境に二度と顔を合わせなく者もいるかと思うと、交流が深くなかった俺にも思うところはある。
「だが……立ち止まるわけにはいかない」
エルザと旅に出られる俺は、他の者からすれば自由になれると思われるかもしれない。俺が逆の立場でもそのように思うだろう。
しかし、一方的に召喚されたことと課せられた訓練を除けば、ここでの生活は衣食住の揃った安全な暮らしだと言える。今回与えられた討伐も死傷者を可能な限り出さないように考えられた相手だ。兵士として生きる分には優遇されている。
「けど俺はどうにもこの国が好きになれない」
いや、この言い方だと語弊があるか。
俺が好きになれないのは国のトップであり、この国に住む人々とは良い人間が多いと思う。そうでなければ、きつい訓練を受けているクラスメイト達が笑顔を見せたり、楽しそうに話したりはしないだろう。
ただ俺には目的がある。
元の世界に帰る方法を知ること。そして、自分自身のことを知ることだ。
エルザに俺の身に宿っている力のことを聞いてからずっと自分が何者なのか考えていた。俺の記憶には、あちらの世界で過ごしたものしかない。にも関わらず、俺には人ならざる力が宿っており、封印が掛けられている状態にあった。
このことから俺の両親、または片方は異世界の住人だったのではないかという仮定を考えられる。この仮定が正しければ、元の世界に戻る手段あることにもなるのだ。たとえ自分自身のことがこの世界で分からなくても、帰る手段さえ見つければ母さんに真実を聞けるはずだ。
「そのためにも……このチャンスを逃すわけにはいかない」
エルザから渡されていた袋の中に、食料と水、フロストにもらった古着。学校の制服を入れ込む。
旅着に関してはエルザがコートやブーツを用意してくれたのだが、ただでもらうわけにもいかないので制服を売って多少なりとも返すつもりでいる。
「……行くか」
太刀を左腰に着け、口を縛った袋を肩に担ぐ。
最近まで訓練内容が体作りをメインにしたものだっただけに、体力や筋力は学生として過ごしていた頃よりも格段に上がっている。まあ異世界に来たことによるブーストもあるとは思うが。
剣術に関してはまだまだひよっこだ。教えてもらえる予定の《七星一刀流》に関しては、全く習っていない。習ったのは太刀の抜き方や振り方といった初歩だけだ。今日からが俺にとって本当の訓練開始となるだろう。
自室から出ると、廊下には不安げな顔をしたクラスメイト、それを励ます者の姿があった。いくら最弱の類だと聞いていても、未知の生物の戦いだ。恐怖や緊張を覚えるのは当然だろう。
「お、神田じゃねぇか」
宿舎の外に向かって歩いていると名前を呼ばれた。首だけ回して確認すると、武器と荷物を持った男子3人組が立っていた。左側から不真面目な奴に少々熱そうな奴、小学生並みに小さい奴だ。
確か武器を見てはしゃいでいたり、エルザが着たときにはしゃいでいた3人だろう。名前は……左から伊藤、江藤、加藤だったか。
「お前はいいよなぁ……魔物退治じゃなくて、美人なお姉さんと修行の旅に行けて」
「いやいや、むしろ良くないだろ。あのお姉さん、俺らの担当の人達に簡単に勝てる化け物みたいな人だぜ」
「うん、修行はとても厳しいんじゃないかな」
周囲にいるクラスメイト達と違って緊張感のない連中だ。だがこの3人は、誰よりもここでの生活を楽しんでいる気がする。このような人間が意外としぶとく生き残るのではないだろうか。
「まあ頑張れよ。俺達も頑張るからさ」
「剣の達人になって戻ってくることを願ってるぜ」
「また会おうね」
そう言って3人組は歩いて行った。特に親しくしていなかった俺に声を掛けてくれた彼らは良い奴らなんだろう。もっと親しくしておけばよかったかもしれない。
……いや、かえって今日が辛くなっただけか。
誰とも深く交流していなかったからこそ、俺はこれといった葛藤もなく旅に出られるのだ。そういう意味ではこれまでの生活を送っていて良かったと言える。
「忘れ物があるやつはいないな。もし忘れたものがあるやつは今すぐ走って取りに行け」
外に出ると伊藤らを引率するであろう兵士達が指示を飛ばしていた。
数十人をたった数人で見れるのかと疑問に思うが、まあ後で増えるのかもしれない。このまま増えないとなると……危機に陥ったときのことを考えていないことになる。
伊藤らは初めての戦闘なんだから動けるかどうかは分からない。繁殖力が強い魔物らしいし、数はそれなりにいるはずだ。フロストが武器になる物を持てば一般人でも倒せると言っていたが、兵士の数が今のままではクラスメイト達も不安だろう。
「久しいな、みんな」
どことなく聞き覚えがあった声に意識を傾けてみると、初日に別れてから姿を見ていなかった天宮の姿があった。彼のことが心配だったのか、主に女子達が声を掛け始める。騒ぐ女子達を丁寧に対応しながら彼は再度言葉を発した。
「これから魔物の討伐だが、ちゃんと俺が守る。だからみんな安心してくれ」
どうやら天宮も魔物を討伐に行くようだ。
一般人なら簡単に言えないことをさらっと言えるあたり、さすがは天宮といったところだろうか。先ほどまで暗い表情を浮かべていたクラスメイトも幾分明るい顔になっている。勇者としての役割を果たしていると言えるだろう。
……見た目も勇者らしいしな。
天宮の格好は白を基調とした服、その上に最低限の鎧。服と同色のマントを身に付け、腰には綺麗な装飾が施された剣が携えられている。
もらった古着に武器庫にあった剣を装備している戦士グループや、ローブを着ている魔術師グループとは雲泥の差の装備だ。まあ勇者なのだから当たり前なのだろうが。
「よし、出発しようぜ」
準備が終わったのか、勇者である天宮が先頭を切って歩き始める。クラスメイト達も彼のあとを追う形で歩き始めた。
この場から去っていく集団を俺は見えなくなるまで見送った。直後、待っていた人物がちょうど現れる。
「待たせてすまなかったな……挨拶はできたか?」
「別に……それほど親しい人間はいませんでしたから」
「そうか……では行くとしよう」