第2話
兵士についていくと大部屋に着いた。
部屋の中には剣や槍、斧といった物から弓や杖といった物まで多種類の武器が並べられている。このようなものはTVなどでくらいしか見たことがないだけに緊張してしまう。心の片隅で興奮している自分がいるように思えるのは、俺が男だからかもしれない。
「何をぼさっと立っている。さっさと自分達が使う武器を選ばないか」
兵士に注意され恐る恐る俺達は部屋の中に入る。兵士は相談に乗ってくれるつもりはないらしく、部屋の入り口で監視するように立っている。普通に考えて、ただの学生である俺達がこの状況でおかしな真似をするはずがないというのに。
「俺、剣とか槍なんか初めて見た……」
「あんな馬鹿デカイ剣なんか持てるやついるのかよ」
武器を見ながら一部の男子がはしゃぎ始める。確かに男子なら英雄への願望を少なからず持つものだ。こういう物に憧れを抱いたりする気持ちも分かる。
俺も部屋の中を見て回る。武道経験者は馴染みがあるものに近いものがあるだろうから、悩まなくて済みそうである。
俺は竹刀くらいしか持ったことが……割と武器の知識はあるんだよな。
中学時代に一時期興味を持っていたこともあり、武器に関する書籍をいくつか買っていたのだ。実際に武器を手にしたことはないが、どれくらいの重さでどのように扱うのかくらいの知識は有している。現物とは違う可能性もあるが、ないよりはマシだろう。
突き刺して敵を倒す槍は、訓練の少ない兵士でも扱え、敵との距離感が開けるので恐怖を感じにくい武器だと書いてあった。しかし、個人戦になると間合いの取り方が難しく、熟練するには時間が掛かるとも書いてあった。
「……変に知識があっても迷うだけだな」
どうせどの武器を扱うにしても訓練をする必要はある。また自分の身を守ってもらうものなのだから、少しでも愛着を持てるものが良いだろう。
そう思った俺は、槍や斧といった武器を見るのをやめて刀剣が置いてあるスペースに移動した。
ショートソードにロングソード、レイピアといった片手で持てる剣から、片手半剣と呼ばれるバスタードソード。あちらの世界で槍を切り払うのに使われたとされるツヴァイハンダーと呼ばれる両手剣もある。それよりも少し小振りでクレイモアと称されるものや、波形の刃をしているフランベルジュと呼ばれるものまである。
俺の知識では軽いもので約1キロ、重いものになれば4キロほどになったはずだ。剣は一般的に斬るための武器だと思われているが、よほどの名剣や腕がない限り鎧を斬り裂いたりはできない。ほとんどのものは殴り倒すように使われたはずだ。
「まあ血濡れや刃こぼれすれば、鈍器として使うしかないからな」
いくつか手に取ってみたものの、あまりしっくりこない。その主な原因は、おそらく武器ではなく俺のほうにある。
内容にもよるが俺の運動能力は最高でも中の上くらいだったはずだ。筋力は平凡くらいしかないだろう。金属で出来ている武器をこれほどまでに軽々と持てるものだろうか。
まさか身体能力が上がっているのか?
異世界に行くと身体能力が上がったり、特別な力が使えるようになるのは創作上ではよくある話だ。未だに信じていない自分もいるが、実際に俺は異世界と思われる場所に来てしまっている。身体能力が上がっていてもおかしくはない。
よくよく考えれば、ここの人間と言葉が通じる時点で何かしらの力が働いていると言える。もちろん偶々同じだったという可能性もありはするのだが。
「……あっちは刀か」
剣と刀を同じに思っている者もいるかもしれないが、俺の読んだ本では両刃のものが剣であり、片刃のものが刀であると書いてあった。他の違いは、使われる用途だろう。
剣は《斬る》と《突く》のふたつの使い道があるものと、レイピアのように《突く》ことに特化したものがある。しかし、《斬る》ことに特化したものはない。一方刀はというと、《突く》ことに特化したものはないが《斬る》ことに特化したものはある。
「サーベルにシミター……」
それにヴァイキングが使っていたというファルシオンと呼ばれるもの。それにコラとかいうインドの民族が使っていたものに近いものまである。その近くには、数は少ないが打刀や太刀といった日本の武器まである。
……いくら何でもあっちのものが多すぎやしないか。
いったいどれほど昔から俺達のように召喚された人間がいるのだろうか、と考えるとネガティブなものしか浮かんでこない。
刀に触れようとした矢先、背中側から声をかけられた。顔を横に向けて確認してみるが誰もいない。話しかけてきた声の高さや普段の視線では姿が見えないということから考えるに、話しかけてきた人物は1人しか浮かばない。
視線を下に向けると予想通り朝田が立っていた。ただ顔はいつものように笑顔ではなく、先ほどの声のように不安が浮かび上がっている。
――まあこんな状況なんだから不安を感じない方がおかしいよな。周りを見てみても、武器に浮かれている奴以外はみんな不安そうな顔をしているし。
「どうかしたか?」
「わたしたち……これからどうなるんでしょう?」
「さあな。少なくとも今の扱いからして手荒な真似をされたりする可能性はないと思うが……」
視線を朝田から刀の方に戻しながら会話する。別に彼女の相手をしたくないというわけではない。単純に武器に触るのだから目を離すのは危険だと思うからだ。
「もちろん、あいつらに逆らわなければの話だが……」
朝田の返答がないので、再び彼女に意識を向ける。目に入ってきたのは、先ほどと違って不安そうな顔ではなく驚いているような顔をした彼女だった。
「何だ?」
「なんで……そんなに冷静でいられるんですか?」
「自分よりも慌ててる奴がいたから落ち着いたってだけだ」
慌てる人間がいれば自分がしっかりしないといけないと落ち着く人間がいる。または釣られてパニックになる人間もいるだろう。俺は偶々前者であっただけだ。
「……神田くんがいて少しホッとしたです」
「何で?」
「たとえ慌てる人を見て落ち着いたとしても、この状況で冷静のままでいられる人はそういないと思います。自分よりも落ち着いた人、いつもと変わらない人がいるということは安心するものですよ」
朝田はいつものように笑顔を見せた。だがいつもの輝くような笑顔ではない。たとえ安心感を得たとしてもそれは僅かな物だ。不安を全て払拭できるはずがないだろうから当たり前とも言える。
だが笑う朝田を見て、俺も内心先ほどよりも落ち着くことができた。彼女が言ったようにいつもと変わらない人がいるというのは安心感を覚えるのだろう。まあ実際のところ、彼女はまだいつもどおりではないのだが、それでもだ。
「そなた達は落ち着いているようだな」
朝田と会話していると高倉が話しかけてきた。クラスメイト達が先ほどより落ち着いているようなので高倉が部屋を回りながら話しかけていたのだろう。自分ではなく他人のことを考えて行動できるなんて心が強い人間だ。
「わたしはそんなに落ち着いてないですよ。神田くんは落ち着いてますけど」
「朝田、笑いながら言っても説得力がないぞ。まあ確かに神田は落ち着いてるように見えるが」
朝田は高倉と話し始めたので、俺は再び刀の方に意識を向ける。
自分のことが話題になっているが、別に侮辱されたりしているわけではない。何よりいつもどおりの人物が少しでも増えるのならば、話題にされるのも悪くはないだろう。
「さっきから色んな剣を見ているようだが……神田は詳しかったりするのか?」
視界の片隅に凛とした顔が現れる。道場の娘ということで、彼女も武器の知識はあるのかもしれない。
「前に本で読んだことがあるくらいだ」
「そうか……触るのが怖くはないのか?」
高倉の問いに俺は思わず手を止めた。
いくら知識があり、鞘などに納められているとはいえ触るのに抵抗がないわけではない。俺だってただの学生なのだ。もしもうっかり……、と考えてしまうし、恐怖も覚える。しかし
「触らないで選ぶのは無理だろう。武器を選ぶまではここから出られないだろうし」
「そうだな……だがそれでも、あまり私は触りたくはない」
高倉は不安そうな顔を浮かべながら本音と思える言葉を呟いた。彼女は武術経験者だけに、武器を扱えばどうようなことになるのか、ここにいる誰よりも鮮明に思い描けるのかもしれない。触りたくないと思うのも無理はないだろう。
だが高倉は空気が暗くなると感じたのか、すぐに笑顔を浮かべた。
「どれか選ばないといけないんだろうがな」
「……俺だって怖いさ」
シンプルなデザインの太刀を左手に取りながら返事をする。右手で柄の部分を握り、刀身が見えるように鞘から少しばかり抜く。鍛え上げられた鋼の色はとても美しくもあり、冷たい輝きを放っているように見えた。
「例えば……今持っているこの太刀で、近いうちに人を殺すことになるんじゃないか。……そう思うと触りたくなくなる」
こんなことを考えたくはないが、武器を選ばされている以上ないとは言えない。いや、王達はこの国を救えと言った。戦いがないはずがないだろう。
「そうだな……戦うのが人とは限らない可能性はあるだろうが」
確かに高倉が言っているように人ではなく魔物という可能性はもちろんある。だがあいつらの言い方では魔物と戦う事より人と戦う事の方が多い気がしてならない。
比較的冷静さを保っているのは俺に高倉、朝田とこの状況ではしゃいでいる男子達数人。おそらく周囲に影響を与えるのはこのメンツと、勇者として名乗りを上げたあいつだろう。
周囲への影響力を考えれば、俺はリーダーになることはない。勇者となった天宮、もしくは高倉あたりがリーダーになるだろう。
正直、俺はここに留まりたくはない。
安全性で言えば、ここに留まるほうが高い確率で安全が確保されるだろう。だがあの王達の下で働きたいとは思わない。今すぐには難しいだろうが、時期が来ればここを離れたいと思う。俺は元の世界に帰りたい。母さんを独りにはしたくないのだ。
「考えるだけ無駄さ……今の俺達に出来ることは言われたことに従うだけなんだから」
「そなたは現実的な物言いをするのだな」
「他人を安心させる能力は俺にはないし、根拠のない励ましを口にしたくもないからな」
「自分を卑下にするような言い方は良くないが……そなたのような存在は現状においては貴重かもしれないな。そのままで居てくれることを願う」
高倉はそう言って一度微笑みかけると、別のクラスメイトの元へと歩いて行った。この状況で周囲の人間のことを考えられる彼女のほうが、俺なんかよりもはるかに貴重な存在だと言えるだろう。
武器選びに戻ろうかと思ったが、意外と今持っている太刀はしっかりきている。他の連中も大体選び終わっているようなので、これに決めてしまったほうがいいだろう。
……そういえば、妙に静かだな。
何かと話しかけてくる人物が傍に居たはずだが、いつの間にかいなくなっている。周囲を確認してみると、クラスメイト達に話しかけながら色々な武器を見て回っている。そこには先ほど見せた不安げ表情を一切見えない。
「あいつ……何気にこの状況を楽しんでないか?」
俺の独り言に返事をする者はいるはずもなく、俺は太刀を手にしたままクラスメイト達が武器を選び終えるのを待った。